29.英雄足り得る条件とはV





  


 射出された白銀の剣は螺旋の軌跡を描いて空を斬り裂き、抉るように石床に突き刺さると、その身に宿していた神秘を一息に解き放った。
 剣は弾け、圧倒的な火力が迫る骸を跡形もなく吹き飛ばす。
 一群の前線に生じた空隙。
 そこへ、鳥のように一つの影が降り立った。
 降り立った影――。代行者シエルは、周囲を一瞥すると、猛然と地を蹴り、一息に駆け出す。
 獲物を仕留める肉食獣の速さで瞬時に最高速度に達すると、指の間に握りこんでいた黒鍵を、烈火のごとく打ち放った。
 地面とほぼ水平に宙を奔った刃は、骸たちに突き刺さると、たちまち篝火のような炎を吹き上げる。
 続いて、轟音。シエルの前の地面が、一撃の元に吹き飛ぶ。剥き出しの皮膚を、凄まじい熱波が煽りたてた。
 ――まるでミサイルだ。
 背後に流れていく抉れた地面を一瞥し、シエルは思った。
 士郎の放つ一撃は、一定の間隔で周囲に降り注ぎ、骸たちが上げる断末魔を、轟音が掻き消す。
 その精度は正確無比。決して駆けるシエルの邪魔にはならない。
 耳を劈くような衝撃波が、あるいは熱波が、シエルの耳の後ろをじりじりと焦がす。驟雨の様に降り注ぐ、投影宝具ー―。すぐ傍に横たわる死の予感に、背中がざわざわと粟立つ。
 もしこれが直撃したら、人間など跡かたも無く吹き飛ぶのだろう。
 駆けるシエルの脳裏をそんな言葉が過ぎった。
 それは命ある者として、耐えがたい恐怖。だがしかし、シエルは振り返らない。
 いや、背後に気を配れるだけの余裕が無い。紺碧の瞳はただ前方――。黒衣の吸血鬼へと向けられている。
 
 オォ、

 立ち止まった彼女を、死者の群れが取り囲む。それらをひたと見据え、シエルは一本の黒鍵を具現化した。
 辺り一面に充満する、肉が、髪が焦げる臭い――。それら一切を斬り払うように、大きく黒鍵を振り抜いた。
「――退きなさい。雑魚に用はない!」
 裂帛の声に、ざわり、それ自体が一つの生き物であるかのように、骸の群れが揺れた。
 カツ、
 黒の編み上げブーツが、ひと際高い音で石床を叩く。蠢く死者は、怯むようにシエルから距離を取った。
 ぞぞ、と波が引くように骸の群れが二つに割れ、まるで闇夜に射し込んだ一条の光の如く、一筋の道を浮き上がらせる。その向こうには、
「来たな、代行者」
 絶対の存在感で立ちはだかる死徒の領主が居た。
 腕を組み、口元に嘲るような笑みを浮かべている。シエルとの距離は僅かに十メートル。この夜、ここまで二人が接近したのはこれが初めてである。
 手元に握り込んだ黒鍵を突き付け、
「滅びの時です――。白騎士。我が聖堂教会騎士団は、貴方との長い因縁に、ここで終止符を打つ」
 シエルは異端審問騎士団長として、鬨の声を上げた。
「……ふん。良かろう、人間」
 迎え撃つは月蝕姫が従僕『吸血伯爵』フィナ=ヴラド・スヴェルテン。傲岸な笑みをその顔に浮かべ、無造作に剣を構える。
「受けて立とうではないか。この白騎士が」

 オ、オォ――、

 白騎士が剣を抜いたことに勢いを得たのか、周囲の骸が蠢きながら、じわじわと距離をつめ始める。それらを眺め見たシエルは、きつく口元を噛み締めた。

 ……これが、白騎士の幽霊船団――。“死人の行軍”パレード

 生者を飲み込み配下に組み込むことで、なお勢いづく死者の群体。そして今、それを構成しているのは他でもない――。
「ああ、そうだ」
 ふと、思い出したように白騎士が言った。
「貴様には礼を言わなければと思っていたのだ。騎士団長殿」
「……なに?」
「表にこやつら血袋を並べたのはお前だろう? ククク。助かったぞ。貴様のおかげで楽に手駒が増やせた」
「……っ!」
 シエルは音の鳴るほどに強く口元を噛み締めた。その顔に浮かぶのは、色濃い後悔の念。騎士団の指揮権はシエルにあった。このような事態を招いた責任は、彼女にある。
 視界の隅で揺れる騎士団の象徴シンボル

 “司教殿。必ずや、この戦争を制して見せます、後の事は、どうか私どもにお任せください”

 屹然とした騎士団総長ホッホマイスターの声が蘇る。
「彼奴らも無念だったろうなぁ。そう思わないか? なぁ、騎士団長殿」
「……黙りなさい」
「捕らわれた騎士たちの無念の声が聞こえるか? 貴様を呪い、神に恨みの言葉を吐くコイツらの声が」
「黙れと言っている!」
 訪れる静寂。
 構えたままの白騎士が笑う。
「どうした? 来ないのか? 騎士団長殿」
「……その手には乗りません。安い挑発に乗るほど、私は若くない」
 シエルは正面から真っ直ぐに白騎士を見据えた。その瞳は静かに燃え盛る蒼い炎を思わせる。慎重な所作で手を差し入れると、懐から四本の金針を取り出し、眼前に掲げた。
「真っ当に打ち合うつもりなどありません。――貴方には、確実な滅びを」
「……ほう?」
 ――面白い。
 呟く白騎士を見据えたまま、シエルは手にした針を鋭く四方に投げ放つ。投げ放たれた金針は、まるでそれそのものに意思があるかのように、白騎士を中心として、四方の石床に突き刺さった。
「イムセティ、ドゥアムテフ、ケベフセヌフ、セルケト……!」
 低い詠唱が夜の大気に溶け、それに呼応するように、金針が青白い輝きを放ち始める。
 陰湿で不吉、そして禍々しい死の神の気配――。それら迫り来る気配に、白騎士は顔を歪めた。
 ――この気配。どこかで感じたことがある。
イシス南の女神ネフティス北の女神ネイト東の女神イブ西の女神
 続いて、響く詠唱。打ち放った金針は、空中で青白い炎を吹き上げ、黄水晶の壷へと変化する。
 白騎士は、壷の表面に描かれた、抽象的で原始的な図――象形文字――を見て、目を細めた。
「これは――。聖刻文字(ヒエログリフか」
 胸元に『確約なき世界樹の枝』ミスティルティンを構え、僅かに後退する。そして、
「来い、騎士団ナイツ!」
黒衣の外套から、二体の騎士を喚び出した。
「代行者が魔術とは。いいだろう。受けて立つ」
 転がり出るように現れた二人の騎士は、前に出ると、無駄のない動きで守護のルーンを刻んだ。
 白騎士を守護する一級のルーン魔術。不可視の壁が、あらゆる外敵から彼を守護する盾となる。
 対するシエルの表情は変わらない。低く言葉を紡いでいく。
「供物は捧げられた。――汝、祝福された死者足り得るか?」
「『祝福された死者』……?」
 不吉な予感に、白騎士が眉間に皺を刻んだ。刹那、
 オォ、
 二体の騎士が鮮血を吹き上げ、石床の上に倒れこんだ。
「……!?」
 白騎士が素早く配下の騎士たちを見下ろす。
 倒れた二体の騎士が着込んだ甲冑には、僅かな傷さえ見出せない。損傷は、肉体に直接響いているようだった。鈍く血だまりが広がっていく――。
「何をした? 代行者」
 消失していくルーンの気配を感じながら、白騎士は不可解そうに眉を顰めた。足で死体を転がすと、じっくりと床に倒れ伏した二体の騎士を検分し――。
 そして、気付いた。
「まさか」
 ――倒れた死人の騎士からは、内臓が悉く消失している。
カノポスの壷ホル=メスウトか……ッ!」
 獰猛な牙を剥き出して白騎士が唸る。 塵と化し、霧散していく二体の騎士を視界の片隅に捉えながら、じりじりと後退を始める。
「古代エジプトの祭儀。唯一神の使徒が、異教の神を持ち出すとは……!」
「自己への固執など、今や問題ではないのです」
 シエルの冷たい瞳が、不吉に輝いた。ゆっくりと口を開くと、
「貴方を滅ぼすことが出来るなら、外道の知識を使うことなど躊躇いはしない」
宙空より取り出した銀の錫杖を頭上に掲げ、声高に宣言する。
「『死者の書』第百二十五章、“オシリスの審判”――。喜びなさい。白騎士。死者に対する最上級の祭礼で、貴方を葬ってあげましょう」
 四方に配置された壺が蒼く輝く。
 ――『カノポスの壺』。
 古代エジプトでは死者を葬る際、心臓以外の内臓を取り出し、四つに分けて保存した。その内臓を収める容器を『カノポスの壷』という。
 壷は四つ一組で、それ自体『ホルスの息子たち』と呼ばれる四体一組の精霊を宿すための依りしろとなっている。内臓を納める四つの壺は、一つでも欠けると死者は復活することが出来ない。
 つまり、逆説的に言えば、古代エジプトにおいて、『復活した死者』はカノポスの壺に内臓を納めていなければならないということになる。
 『復活した死者』。
 つまり、死にながら生きているという矛盾を抱えた吸血鬼もまた――。
「存在の矛盾による現実の修正。しかし、納得いかぬ。どうしてそんなものにここまでの拘束力がある……!?」
 内臓を拘束され、身動きのできない白騎士が声を荒げる。

 “『復活した死者』は、内臓を四つの壺に納めていなければならない”

 その認識が成り立つのは、あくまで古代エジプトでのみ。北欧部の片田舎に古代エジプトの魔術基盤は存在しない。
「何を驚いているのです? 独自の概念で世界卵を構築し、外界からの修正を免れる――。貴方たちが得意とする固有結界と同じ原理でしょう? 知りませんでしたか? 固有結界はあくまで魔術の延長にあるということを」
「くっ」
 フルールを振り上げる白騎士の動きが目に見えて鈍くなる。
「この短時間で、古代エジプトと同規模の魔術基盤を再現しただと? ……代行者に扱える領分を越えている」
 他者を飲み込むことで、一つの法則となり得るほどに魂を肥大化させた二十七祖――。その一柱を担う白騎士を従わせるほどに強力な世界構築……。そんなもの、魔術協会でも扱える者など居ないだろう。
「貴様は一体……!」
内臓ナカミを拘束されては、ルーンの守護も効かないでしょう――。さぁ、冥界の神に内臓を差し出しなさい」
 シエルの身体が、僅かに沈む。
「――セブン!」
 声高に叫んだその呼びかけに、背後に潜む何かが応えた。カソックの下から無数の紙片が流れ出し、シエルの手元に収束する。
 霞の如う舞う紙片の間から現れた巨大な銃器――見下ろす白騎士の顔色が変わる。
「っく。教会の犬が! 貴様など――」
 僅かしか動かない身体を駆使し、白騎士が剣を構える。
 目と鼻の先に飛び込んだシエルは、低い体勢から白騎士の倣岸な瞳を見上げた。
 視線を交したのは、ほんの一秒にも満たない極僅か。
 次の瞬間、シエルは僅かなためらいも無く、手元の銃器を撃ち放った。無慈悲に轟く機構の重低音。メタルの機構が肉食獣のしなやかさで力強く刃を押し出す。
 『第七聖典』。
 転生批判の聖典は、白騎士の身体を圧倒的な質量で吹き飛ばす――はずだった。
「な……!」
 シエルが目を驚きに見開く。

 ――手ごたえが、無い。

 ぞぶり、
 打ち放った刃先が押し戻される。
 僅かに刃を引いたシエルは見た。いつの間にか蔦を伸ばしたヤドリギの枝が、聖典の切っ先に絡みつき、その軌道を強引に捻じ曲げているのを。刃は真紅の裏地を持つ外套を撃ち抜いたばかりで、白騎士の肉体にまで届いてはいない。
「――そうだ、思い出したぞ」
 ニヤリ、と白騎士の口元が歪んだ。
「確か、埋葬機関には『蛇』の転生先が居たんだったなぁ。どうりで覚えのある魔術だったわけだ。確かに、アレの知識を継いだのなら、死者に関する魔術は一流だろう」
「……っく」
「動くな! 教会の犬ッ」
 獣のような咆哮に、跳躍しようと身を屈めたシエルの身体がびくりと竦んだ。目を離せない。朱色の瞳が、地獄の業火を宿してシエルを見つめていた。
 『魔眼』――。
 常ならば、肉体に帯びた魔力により通じないはずの『魅了の術』が、疲労困憊のシエルには打ち消せない。悔しげに顔を歪めるシエルを見やり、白騎士は上機嫌に笑うと、背後に向かって、無造作にフルールを振り上げた。
 剣先は吸い込まれるように、背後に迫っていた剣を打ち据える。
 カラン、
 固いものがが地面に転がる音に、シエルの虚ろな目が動いた。地に落ちた剣を視界に捉える。黒光する漆黒の刀身。
 ――あれは、エミヤが投影した宝具『赤原猟犬』フルンディング
「ふん。愚かな奴だ。私に贋作宝具が通じないことは解っているだろうに」
 白騎士は足元に落ちた宝具を蹴り飛ばすと、動けないシエルに顔を近づける。顎を掴み、品定めするようにその顔を見つめ、
「ククク、お前が女なのが残念で堪らない。出来るなら、直接その首元に喰らいつき、一滴残らずその汚れた血を飲み干してやりたいところだったんだがなぁ」
 オォ、
 外套が押し広げられるように開き、胸から巨大な死人の腕が突き出る。腕は動きを拘束されたシエルの頭を鷲づかみにした。
「ぅ……あぁ!」
 白い喉から、苦悶の声が漏れる。
「良い格好だな。代行者」
 微かに腐臭が漂う、白くてぶよぶした死者の腕――。シエルの身体は、楽々と白騎士の目の高さまで持ち上げられる。
 苦しげに身を捩るシエルの眼前に、白騎士は自身の愛剣を突き付けた。
「コレは元々ひ弱な枝木でな。強くなるようにと私の血を与えていたら、この通り、魔性を帯びるようになった」
 誇るように差し出した。刀身――。細く鋭利なヤドリギの枝の先端が、鼻をひくつかせる獣のように、僅かに蠢く。
 シエルの顔が嫌悪に歪む。
「気付いたか? 吸血鬼としての特性が強調されたのか、吸血衝動までもつようになってな。強大な力を得たのは良いが、代わりに教会製の武器を酷く嫌がるようになった。ククク、今では獲物の味の違いも判るらしい」
 呻くシエルへと、待ちかねたように剣先から蔦が伸びる。白騎士は獲物を捜すように蠢く剣先を見つめ、
「代行者の血を吸えば、教会製の武具への耐性が付くかもしれんなぁ? 折角の機会だ。試してみるか――」
 牙を剥き出しにして、凄絶な笑みを浮かべた。
「……っ!」
 確約なき世界樹の枝ミスティルティンの先端が、ゆっくりと声を出すことも出来ないシエルの脳天へと迫る。その時、
「オオォォォ!」
白銀の煌めきが、白騎士とシエルの間に割って入った。
 上段から大振りに振り下ろされた一閃が、白騎士の胸元から突き出た巨大な腕を斬り落とす。
 腐肉が焼ける音が辺りに響き、士郎の鷹の眼が白騎士を捉えた。
 その手に握られているのは輝煌の剣デュランダル。瀟洒な剣先は石床を易々と斬り裂き、その刀身を中ほどまで埋もれている。士郎は地に落ちて動かないシエルを一瞥し、
「オォ!」
 石床に深々と突き刺さった剣を片腕で引き抜くと、掬い上げるように剣を振り抜いた。白騎士は余裕を持った動作でフルールを合わせ、
「っぬ?」
その体勢が僅かに揺らいだ。驚いたように、枝木についた傷を見る。薄く口元に笑みを浮かべ、
「ふん。なりふり構わず、というわけか」
「シィ――……」
 士郎の口元から、白い息が漏れる。その瞳は真紅に染まり、口元からは牙が覗いていた。剣を握るその手からは――聖剣を振るう代償だろう――もうもうと白煙が上がっている。
「ふ、はははは! 無様だな、エミヤ。無理をすれば吸血鬼化が早まるぞ!」
 再び大振りに斬りかかった士郎の剣閃に、再び白騎士が刃を合わせる。
「……ッ!」
 斬り込んだ士郎の歯がギチギチと音を立てる。
 吸血鬼化した士郎の膂力は、今や死徒にも匹敵する。力は五分、と踏んで飛び込んだが――。
 鍔競り合う剣の向こうで、白騎士が口元を吊り上げる。
「なぁ、エミヤ。何が貴様と我らとの差なのか、理解しているか?」
 苦痛に顔をゆがませる士郎へと顔を寄せ、白騎士がねとつくような声で囁いた。
「……なに?」
「意思だよ。世界を侵食し、世界を塗り替えるほどの強い意思。他者をも塗りつぶすほどの色濃い自我が、貴様には足りんのだ」
「……くっ」
 薄い笑みを浮かべたまま、白騎士は徐々にその手に込める力を強めていく。士郎の顔に大量の脂汗が浮かぶ。ゆっくりと、だが確実に抑え込まれていく――。
「化け物の先達として、忠告してやろう。エミヤ」
 不意に、白騎士の声質が変わった。
 それまでの嘲るような声音ではなく、皺枯れた、まるで地獄の底から響くような――。聞く者の正気を失わせるような、そんな声音……。
 顔を上げた士郎は声を失う。
 零れんばかりに見開かれた眼窩から覗く血よりも濃い真紅の瞳が、苦渋に歪む士郎の顔を映していた。
「自身の欲望を知り、己の望む姿にならぬ限り、お前は真の吸血鬼にはなれない」
「……ッ!」
 ――化け物だ。
 掛け値なしに、そう思った。
 ――格が違う。コレには勝てる気がしない。自身が持つ全てをかけて挑んだとしても、これにだけは。
「ふん。まぁ、良く覚えておけ」
 白騎士の声質が元の嘲るようなものに戻った。そして、
 ぞぶり、
 その漆黒の外套の下から、か細い腕が付き出た。ぬるりとして真っ白なその腕には、月光に煌めく短刀が握られている。
 士郎の背筋を、絡みつくような悪寒が走り抜ける。
「騎士団(ナイツ)にも幾分か欠員が出た。さぁ――。我が船団の一部となり、永劫の時を自らの欲望の追求に費やすがいい」
「――ッ。凍結、解除フリーズ・アウト!」
 たまらず叫ぶ。
 素早く身を翻し、ストックしておいた投影宝具を展開する。虚空より出現した五本の贋作宝具が、白騎士へと驟雨のように降り注いだ。
「無駄だと言っている!」
 叫びと共に、白騎士の操る愛剣――ヤドリギの枝木が、向かい来る宝具に絡みつく。
同調、開始トレース・オン……!」
 次々と無効化され、地に落ちる宝具を前に、士郎は白騎士の死角に身体を滑り込ませる。強く輝煌の剣デュランダルの柄を握り締め、慎重に白騎士との間合いを測りながら、機会を伺う。
 ――必ず、付け入る隙はあるはずだ。あと少し、あと少しで準備が整う……!
「ハァッ!」
 一度は離した間合いを詰め、側面から横凪の一閃。瞬間、士郎は目を見開いた。
「……っ!?」
 自身が誇る絶対の間合いから放った一撃が、容易く躱されたからではない。遥か向こう、百メートルほど離れた魔法陣の上で、動く人影を見たからだ。
 ――遠坂……?
 それは見紛うこと無く、遠坂凛の姿だった。彼女は地面に伏せ、バイポッドの上の狙撃銃を構えている。位置から考えて、狙いは白騎士。
――一体、なにを。
 思わず声を上げようとした刹那、凛の震える指がトリガーを引くのが見えた。

 士郎の顔が苛立ちに歪む。
 弾丸で吸血鬼を狙うなど愚の骨頂。祝福儀礼が施されているとはいえ、白騎士相手には何の影響も与えることは出来ないのは明らかだ。それどころか、凛の存在に――最後の秘策に、気付かれかねない。
「……くっ!」
 そうさせないために、シエルも士郎も、全力で白騎士の注意を引きつけていたと言うのに――!
「オォ!」
 剣を振りぬいた状態から素早く体勢を立て直し、煌輝の剣を振りかぶる。そして、見た。白騎士の視線が対峙する士郎ではなく、遥か後方、凛の控える魔法陣に向けられていることに。
「――白騎士イィィ!」
「邪魔だ。退け!」
 目線も向けずに、白騎士はその丸太のような足で士郎を蹴り上げる。士郎の身体は宙を飛び、地面の上を転がった。
 白騎士は素早く身体を反転させる。
 真紅に光るその目は、ひたと迫る弾丸にのみ向けられていた。
 狙撃など、普段なら気にも留めることのない些事に過ぎない。
 彼は吸血鬼。それも死徒二十七祖に名を連ねる強大な死徒の領主である。心臓や脳天を貫かれようとも、生存条件に致命的な影響が与えられることはない。
 しかし、白騎士は迫る弾丸から目を離せない。彼の悪魔めいた第六感は、迫る弾丸が持つ、底の知れない不吉さを鋭敏に感じ取っていた。
「――チッ」
 ――嫌な感覚だ。
 僅かに顔を顰める。
 弾丸は、既に眼前に迫っている。避けるか、弾くか。僅かに迷い、
「弾け、確約なき世界樹の枝ミスティルティン!」
 空を穿つように、愛用の剣を突き出した。
 確約なき世界樹の枝ミスティルティンは、この世の何者からも傷つけられることは無いと約束された、光の神を射抜き殺したとされる魔性の剣。その能力は、刀身に触れた瞬間、あらゆる奇跡、魔術的効果をキャンセルすることが出来るという特殊効果にある。
 聖堂教会が保有する概念武装を防ぐことが出来ないのが難点ではあるが、概念武装は魂に直接作用することで効果を発揮する武装。武具で弾いてしまえば、使い手である白騎士にまで影響が及ぶことはない。
 あらゆる武装は、その刀身に触れた途端、無力に地に落ちる運命から逃れられない。
 万全を期して放った一閃。
 しかし、弾丸が届く刹那、彼の剣に異変が起こった。
 その刃がまるで生き物のように折れ曲がり、迫りくる弾丸を避けたのだ。
「!?」
 白騎士の顔が驚きに歪む。
 ――何が起こったのだ?
 突然の出来事に、思考が追い付かない。
 弾丸は無常にも眼前に迫っている。
 ――何を慌てている?
 白騎士は瞬時に冷静な思考を取り戻した。
 所詮はたかが弾丸一発。受けたところで大したダメージには成りえない。だが――。
「……!」
 背筋が粟立つような悪寒に顔色が変わった。弾丸は、正確無比な精度で眉間に迫る。
 回避? いや、念動力サイコキネシスで――。駄目だ。間に合わない。
 ならば、
「オォ!」
 白騎士の手が翻り、掴んだ漆黒の外套を勢いよく舞いあがらせた。目と鼻の先まで迫っていた弾丸が弾かれ、宙を舞う。圧迫するように迫っていた不吉な予感が、波のように引いていく。
「――ハァ、ハァ」
 荒く息をつき、白騎士は呆然と自身の剣を見つめた。戸惑いつつも、弾丸を避けることが出来たことに、柄にもなくほっと胸を撫で下ろし、
「!?」
 その顔を再び驚愕に歪ませた。
 白騎士は見た。自身の腕に――。フルールを握る野太い腕に奔った、白銀の煌めきを。
「ついに取ったぞ、白騎士……!」
 月光を弾く、輝煌の剣デュランダル。飛び込んだ士郎の一閃が、白騎士の腕を斬り落とす。丸太のような腕が、二の腕から切り落とされ、石床の上を転がった。その手に、確約なき世界樹の枝(ミスティルティン)を握ったまま――。
「貴、様ああぁぁぁ――!」
 白騎士の顔が屈辱と憤怒に真っ赤に染まる。剣を振り抜いたままの士郎に躍りかかるや否や、目にもとまらぬ速さで右足を振り抜いた。腹部を打ち抜かれ士郎の身体は、まるで紙のように弾かれ、軽々と宙を舞う。
「ハァ、ハァ」
 荒い呼吸を吐きながら、
「虫けらが、調子に乗りおって……!」
白騎士は首を巡らし、焼け爛れた自身の二の腕の切断面を覗きこんだ。聖剣の加護により与えられた傷は深く、復元呪詛は僅かにしか働いていない。
 白騎士の顔が屈辱に歪み、その目が悔しげに細められた。その時、
「いいザマですね」
不意に、胸元から冷たい声が響いた。
「どうです? 自ら支配し、下等と侮っていた者に追いつめられる気分は」
 視界の隅に映る青白い光。思わず呻く。
「貴様は……!」
 素早く身体を引いたが遅かった。鈍い金属音を伴って、横腹に冷たい金属の塊が押し当てられる。
「喰らいなさい。吸血伯爵。――これが人間の力です」
 首を捻り、声の主を見下ろす。そこには大きく目を見開き、鋼鉄の武装を構えた女が居て――。
 白騎士の腹部を、焼けつくような衝撃が奔った。








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