2.黎明の月


1/八年後の世界

 ――そこは、地上で最も月に近い場所。
 淡く月の光が降り注ぐ。それはどこか冷たく、寂しい光だった。
 錆びれ、朽ち行く白亜の城。 その姿からかつての栄華を想像することは難しくない。
 城は貝のように堅く門扉を閉ざし、今日も静寂の海に沈んでいる。遥か昔、かつてこの場所で起きた悲劇を悼むように。

 ギシィ、ギシッ、

 今日もまた、城から鋼の音が聞こえてくる。それは、城全体を取り巻くように……いや、城そのものを縛り上げるようにして張り巡らされた、千の縛鎖が軋む音だ。

 その廃城には罪人が囚われている。
 千の鎖に繋がれ、眠り続ける真祖の姫が。

 玉座を覗く展望。天蓋の如く大きな月が冷たく照らし出す凍りついた聖堂で、一人の青年が静かに玉座を見下ろしていた。
「……」
 青年の両目には白い包帯が幾重にも巻きつけられ、その瞳に生気は乏しく、表情は疲れ果てた老人のそれだった。
 いつからそうしているのだろう。身じろぎ一つせず、ただ一人玉座を見下ろしている。手の届かない何かを悼むように。
 ギシ、
 細く鋭い月灯りの下で、白亜の城全体が小さく軋んだ。青年は、眉一つ動かすことなくただ玉座を見下ろしている。
 その視線の先に、純白の姫君が居た。千の縛鎖に四肢を締め上げられながら、死人のように静かに眠りについている。
「アルクェイド……」
 何日かぶりに……いや、何ヶ月かぶりに、青年が言葉を発した。呟いた声は誰の耳にも決して届くことなく、冷たい回廊の奥に消えていく。
  青年は自問する。これで正しかったのか? これが自分の望んだ未来なのか?
 後悔は無かった。しかし――これが自分の選び得る最良の選択だったのだろうか?
 青年は自問し続ける。答えは出ない。
 しかし、案ずることは無い。
 考える時間はまだ残酷なほどに残されているのだから。
 酷く穏やかな顔で、青年は玉座を見下ろした。純白の姫君は安らかな顔で眠っている。きっと良い夢を見ているのだろう。
 姫君は今日も眠り続ける。千の縛鎖に繋がれながら、終わらない夢を見続ける。





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