「どういうこと? 私には消えたようにしか見えなかったけど」
「まさか。ただ死角を移動しただけだ――。といっても、その速さ自体が並外れてるけどな」
 殺人貴をどこか諦観したような顔で眺め見て、士郎は小さく首を傾げ、言った。
 なんてことのない、当たり前のことだと言うように。
「見えてたみたいな言い方ね」
「あいにく、昔から目だけは良かったもんでね。あれくらいの速さなら俺でも目で追える」
 つまらなそうな顔で、士郎は答える。あれくらいの速さも追えなかったのか、と言われているようで何だか杓だが……。
 まぁ、それは私の考えすぎか。どちらにしても、殺人貴の姿を追いきれなかったのは事実なので黙っておく。
「ふむ。出し惜しみはしない、とは言ったけどな」
 考え込むような様子で士郎が言った。
「今みたいな攻撃を繰り返して、魔力を無駄にすることも出来ないだろう。本当に倒すべき相手は奴じゃないからな。ここはやはり」
 距離を詰め、倒すしかない。
 このまま魔力を無駄に消費するのは決して得策とはいえない。|壊れた幻想《ブロークン・ファンタズム》が二回、私の魔力掃射が一回。それらをすべて、殺人貴は悉く退けた。
 私も士郎も決して手を抜いたりはしなかった。だが、殺人貴に傷一つつけることが出来なかったのだ。
 先ほどの攻撃が何度も出来るほど、私達に魔力のストックはないし、今以上の純度の魔術となると、私も士郎も虎の子を出さなければならない。ガス欠の憂いが無いよう、短期決戦で決めたい、というのが正直なところだ。
「近づくしかない、か。正直、遠慮したいところだけどね」
 武闘派の魔術師のような例外を除いて、魔術師が後方支援に向いている、というのは一種のセオリーである。
 私も、当然その例に漏れることなく、近接戦闘はあまり得意ではない。 もちろん、そこそこ鍛えてはいるけれど、それだって所詮人間レベル。殺人貴や、士郎のような人間離れした奴らが相手では荷が重過ぎる。
「どちらにしろ、このままでは膠着状態だ。殺人貴か、俺たち。どちらかが近づかなければ決着がつかないだろう」
 殺人貴の武器はナイフ一本。この距離では決め手にかけるのは向こうも同じか。
「膠着状態、ね……」
  そういえば、どうして殺人貴は私たちに近づいてこようとしないのだろう。
 私が接近戦を好むタイプじゃないということは、今までの戦闘から殺人貴も予測しているはずだ。並外れた移動能力を持っているのに、彼は近づこうとさえしなかった。
 もちろん、横にいる士郎の特殊な投影魔術を警戒したとか、魔術的な罠を警戒したとか、理由はあるのかもしれない。しかし、噂に名高い彼の能力を考慮するなら、自身の手の内を読まれる前に決着をつけようと考えてもおかしくないのに。
「何か理由があるのかしら……?」
 殺人貴が、私たちに近づこうとしない理由。
 考えられる可能性は三つ。
 一つ目は、自分の能力に絶対的な自信を持っており、生殺与奪の権利を自分が持っていると考えている可能性。
 二つ目は、逆に、慎重な性格で私たちを警戒しているという可能性。
 そして――三つ目。
「そもそも、殺人貴には私たちを殺す意思が無い」
「そうだな」
 士郎はシニカルに笑った。
「まったく、舐められたものだ。どうやら、あいつは扉の前から動く気が無いらしい」
 殺人貴の目的は『玉座に侵入者を入れないこと』。
 つまり侵入者を殺す必要など、殺人貴には無いのだ。彼にしてみれば、追い返せればそれで目的は達成される。
 そこが決定的な、ディフェンスとオフェンスの差。
 向こうは防ぎきれば勝ち。対してこちらは、殺人貴を排除し、真祖の姫の咎落ちを防がなくてはならない。
「まったく。やっぱり、楽はさせてくれないか」
「遠坂。この先に、魔術的な罠が仕掛けられている可能性は?」
「五パーセントってとこ。正面から行っても罠の類は無いでしょうね」
 ここが敵の根城である以上、動くからにはリスクが付き纏う。しかし、近づかなければ決着が着かないというのもまた、事実。
「それよりも、ちょっと気になることがあるんだけど、いいかしら?」
 腕を組んで士郎の顔を覗き込む。士郎は、先を促すように小さくうなずいた。
「あいつ、本当にまだ人間なの?」
 それは、一つの可能性。
 いくら死角を利用したとしても、何の魔術も使わずに、一瞬で天井から扉の前まで移動するなんてことが、人間にできるのだろうか。
 最後に殺人貴を確認した天井から、次に現れた扉の前まで直線距離にして二十メートルはくだらない。彼はその距離を、何の弊社物も存在しない聖堂の中を、私の目から逃れて一瞬のうちに移動している。自惚れているわけじゃないけれど、私だって一端の魔術師。幾らかの死地だって経験しているし、それなりの自負もある。その私が、敵の影も形も捕まえることが出来なかった。
 ――もしかしたら。
 殺人貴は人間だ、という話だったけれど、すでに真祖の姫の求めるままに血を吸われ、
「吸血鬼になっているんじゃないの?」
殺人貴は、人間であることを辞めてしまっているのかもしれない。
 士郎は私の目を見て微かに眉を寄せると、さぁな、と小さく首をかしげた。
「どうだか。少なくとも、俺が話を聞いた限りはまだ人間だ、という話だったんだけどな。だが、吸血鬼になっていないという保証はどこにもない」
「そう」
 もし吸血鬼化しているなら厄介だ。真祖の死徒と成り果てれば、殺人貴はその存在にかけても親であり、主でもある真祖の姫を守ろうとするだろうし……。それに、吸血鬼の王族である、ブリュンスタッド名を冠する真祖の姫の死徒。その能力は通常の死徒とは別格、と考えていいはずだ。
「ただ、もし真祖の姫が血を吸って魔王に堕ちているのなら、俺たちはこの城入ってすぐに、血を吸われて死徒かミイラになっていると思うぞ」
「ぞっとしないわね。士郎、もし、お姫様がもうすでに手遅れで、人間の生き血を啜る魔王になっていたらどうするつもりだったわけ?」
「どうもしないだろ。俺たちじゃ堕ちた真祖とやりあったって、満に一つも勝ち目は無い」
 それは、動かしようの無い事実。
「それこそ、魔王の軍勢の配下に成り下がって終わり、ってところじゃないか?」
  冗談めかして士郎は口元を吊り上げるようにして笑った。けれど、私はちっとも笑えなかった。
 なんだ、コイツ。こんな馬鹿げたことに私を巻き込んだのか。
「まぁ、なんだ。死徒と化していようがいまいが、いま最も警戒すべきは殺人貴の能力だ。その先のことはコイツを倒してから考えよう」
 士郎は再び殺人貴に目を移した。
 殺人貴の、能力。
 殺人貴は魔術師では無い。ただ、ある特殊な能力を有しているという。
『直死の魔眼』。
 『相手の眼を見る』というシングルアクションで、直接相手に魔力を叩き込むことが出来るという魔眼。その簡易性から、魔眼は一級品の魔術であると言われている。
 ライダーの、見つめるだけで相手を石像にしてしまう『石化の魔眼』や、真祖を初めとした吸血鬼が持つという、相手を意のままに操ることが出来る『魅了の魔眼』がそれに該当するが、優れた魔眼は先天的な要素によるところが大きいことから、その保有者は非常に少ない。魔眼持ちはそれだけで大きなアドバンテージを得ることが出来るのだ。
 その魔眼の中でも『別格』と言われているのが、殺人貴が持つという『直死の魔眼』。稀有な魔術である魔眼の中でも、規格外とされるその能力。先天的な、一代限りの突然変異で現れることから超能力に分類される、イレギュラー中の、イレギュラー。
 存在しない、御伽噺の中の能力だとさえ言われていた『直死の魔眼』を、こうして目の前で見ることになるなんて……。
「どのみち、夜じゃどうしようもないわよね。吸血種の弱点である日光は望めないんだから」
 そう呟いて、私が肩を落としそうになったその時、
「――!」
 突然、殺人貴を観察するように見つめていた士郎が、弾かれたように顔を上げた。
「士郎?」
 わずかに首を傾げるるようにしながら、士郎はゆっくりと明後日の方向に顔を向けている。
「いや、なんでもない。それより……早めにケリをつけたほうがよさそうだ」
 士郎は改めて表情を引き締めた。
 ――なるほど、そういうことか。
「ちょっと、脅かしっこは無しにしましょ。心臓に悪いわ」
 聖堂のいたる所から石片の落ちる音がしている。石造りの壁や天井が崩れる音から推察するに、この聖堂、もう長くは持たないのだろう。瓦礫の落下が戦闘の支障になるとでも思ったのだろうか。士郎はもとより、私だって落ちてきた天井の下敷きになるほど間は抜けていない。
 それに、望もうと望まないとこの戦い、すぐに決着がつくだろう。元より、お互い隠し持つのは『必殺』なのだから。
「―――、―――」
 と、不意に、これまで沈黙を守ってこちらを観察していた殺人貴が、突如言葉を発した。その声はとても穏やかで、『真祖の護衛』という仰々しい名前には不釣合いに感じてしまうほどだった。
 話しかけてきた言語は英語。内容は、実に当たり障りの無いものだった。しかし発音が酷くぎこちない。
 そこで、私は思い出す。そうだ。噂が本当ならば、この男は私たちと同じ……。
「そんな馴れない言語で話さなくてもいい。俺たちはお前と同じ日本人だ」
 今までよりも数段ボリュームを上げて、士郎が殺人貴に返した。
 断っておくが、私と士郎の会話は、殺人貴にはもちろん聞こえていない。それくらいの配慮は当然、して然るべきである。つまり、今のが殺人貴が聞く士郎の第一声ということになる。
 士郎は殺人貴に向かって歩き出す。止めるべきかどうか逡巡の末、私もその後に続いた。
  殺人貴は近づいてくる私たちを気にしていないのか、さして警戒するそぶりも無い。そして、私たちを静かに見つめ、
「――ああ、そうか。どうりで、懐かしい」
 感慨深げな。旧知の友にでもあったような、そんな親しみの篭った台詞を吐いた。といっても、その声はとても小さいもので、私の耳まで届かなかったから、唇の動きから推察するしかなかったのだけれど。
「懐かしい、ね……」
 とてもじゃないが、自分を殺そうとしている相手に対して言う台詞ではない。噂を聞く限り、人殺しが趣味の殺人マシーンみたいなのを想像していたんだけれど、どうやらそういうわけでもないようだ。
 男の手が目元の包帯に伸びる。落ち着いた動作で、丁寧に布地を巻き取った。
 これ以上の接近は危険、と立ち止まった私から、士郎が小さく一歩、前に出る。
「はじめまして、殺人貴」
 聖堂の中央、大きく月明かりが差し込む、穴の開いた天蓋の下で、
「今晩は。……贋作屋、とでも呼べばいいのかな」
 私たちは向かい合う。
 男までの距離は十メートル弱。ここまでくると、お互いの表情までよくわかる。
 晒された男の眼は、想像以上に穏やか。これが本当にあの噂の殺人貴なんだろうか、と疑ってしまうほどに。
「士郎のことを、知ってるの?」
「ちょっと話に聞いただけだけどね。正直、羨ましい特性だよ。壊すことしか出来ない俺にはね」
 そういって、殺人貴は士郎の手元を指差すと、柔らかく笑った。
 初めは生気の無い、幽鬼のような印象を受けたが、その実どうして人懐っこい笑みだ。歳は二十代半ばだろうか。若く見えるだけで実際はもっと上かもしれない。見た感じ男というよりは、青年と言ったほうがしっくりくる。
「まさか、同じ日本人だとは思わなかったけれど。ゴメン、そっちの魔術師さんのコトはちょっとわからないな。腕の立つ魔術師だろうって言うのはわかるんだけど」
 そういって、男は本当にすまなそうに笑った。
 どうも調子が狂う。さっき私たちがした攻撃なんて、露ほども気にしていないのか、非難の言葉はおろか、敵対する意思さえ感じられない。
「羨ましい、ね。そりゃどうも」
 士郎もやり辛そうだ。呆れ顔で殺人貴を見ている。
 しかし、油断は出来ない。頭の中に浮かんだ一つの疑問が私に警鐘を鳴らす。
 士郎のような最近出てきたばかりの、無名の、魔術師でもなんでもない人間のことを、どうして一年を廃城の中だけで暮らしているような殺人貴が知っているというのか。そして、士郎が投影魔術を使う贋作使いであることを、この男はなぜ知っているのだろう。それを知っているのは私を含め、ほんの一握りの人間だけであるはずなのに。
 そのような情報は、言ってみれば聖杯戦争における英霊の真名のような、ひた隠し、最後まで守るべき切り札だ。それをあらかじめ敵に知られるということは、勝負する前から、自分の手札を見透かされているようなものである。
「そう構えないでくれるかな」
  緊張に身体を硬くする私に、殺人貴は笑いかける。
「参ったな。そういう意味で言ったわけじゃないんだけど。ここによく来るヤツが、彼の事を話しててね。もしかしたら来るかもしれないから、って」
 困ったように笑う殺人貴は本当に穏やかで、そしてどこか透明だった。手に持ったナイフが冗談のように、月明かりを怪しく反射している。
「なるほど。情報は駄々漏れってわけね」
「君らだって、俺の事を知ってるんだろ? だったらお相子ってことで良いじゃないか」
「……その辺にしてくれないか。遠坂」
 そういって、士郎は並んで立っていた私よりも一歩、前に進み出る。それは彼の間合いに殺人貴を捕らえたことを意味する。
「ちょっと。士郎!」
「戯言はもういい、殺人貴」
 冷たい視線が殺人貴を射抜く。
「戯言ね、随分な言い方だな。せっかちなのか、真面目なのか。本題を先に片付けないと気がすまないタイプみたいだ」
  間合いの中にまで進入を許してなお、穏やかに笑う殺人貴。
「そんなことはどうでもいい。わかっているなら話は早いな。俺たちはアンタのお姫様に会いたいんだ。そこをどいてもらえないか?」
 士郎の視線に迷いは無かった。敵意無く微笑む殺人貴を、どうでもいい、と斬って捨てる。その視線からは特に殺気や闘争心も感じないが、その声には鋼の意志と、隠そうともしない嫌悪の念が篭っている。
 対して、穏やかな視線で士郎を見つめていた殺人貴は、
「断る」
 初めて、否定の言葉を……隠しようも無い敵意を、露わにした。それまでの柔和な笑みは潜み、断言する顔に表情は無い。それは、私たちが聖堂に入ったときに感じた、幽鬼のような気配。
「ここを通すことは出来ない。今すぐこの場所から出て行ってくれないか」
  緩みかけていた背筋が、緊張に震えた。いかに穏やかに微笑もうとも、同じ日本語で会話をしようとも、この男は『殺人貴』。一瞬の油断が死を招く。
「君たちは彼女には会えない。こうして俺がここにいることが、何よりの証拠だ」
 それは断固とした拒否だった。線の細い、誰に対しても優しそうなこの青年とは明らかに一線を隔した、強い否定の意志。

 こうして、二つの意思はここに衝突する。

 それまで柔和に笑っていた殺人貴が突然見せた厳しい拒絶。
 意外といえば意外だったけれど、私は安心もしていた。魔王の城に棲む殺人貴が柔和で優しい青年だなんて、それこそ悪夢だ。少しは悪役っぽくしてくれないと、私たちだって正義の味方になんかなりきれない。
「どうして会えないのかしら。理由くらい教えてくれてもいいんじゃない?」
 二人の間に割り込むようにして、私は殺人貴に尋ねる。
「アイツは今眠ってるところだ。挨拶も無くいきなり人を殺そうとするようなヤツを通すことは出来ないよ」
  殺人貴の声には強い拒絶が含まれていたが、殺気や敵意は感じられない。『ここは通さない。だが、ここで引き返すなら追いはしない』そう瞳が語っている。
「そう」
 だけど、私たちはここを通らなければならない。こっちだって、それは曲げられない。
「ねぇ、殺人貴。ここを通せない理由は、本当にそれだけなのかしら? 私にはもっと他の理由があると思うんだけど」
 私は、少しずつ確信へと近づいていく。
「……何を言いたいのか、よく解らないな」
「『通したくない』んじゃ無くて、『通すことができない』理由があるんじゃないかと思って。そう、例えば」
 殺人貴の表情を伺いながら、
「|真祖の姫《アルクェイド・ブリュンスタッド》の吸血衝動が限界を迎えている、とか」
 私は、墓を暴く盗賊のように、犯罪を糾弾する探偵のように、ニヤリ、と小さく笑った。
「――吸血衝動の限界、だって?」
「そうだ、殺人貴」
 士郎が口元を引き結ぶようにして笑った。その眼は獲物を狙う鷹のように鋭い。
「貴様はまだ人間か?」
 沈黙が聖堂に下りる。
 私たちは無言で見つめ合う。随分長くそうしていたような気がするけど、それは実際は数秒にも満たないほど短いものだったに違いない。
 しばらく考えるように沈黙していた殺人貴は、
「くだらないな」
吐き捨てるように、言った。
「何を根拠に言っているのか知らないけど、アイツが限界だとしても、そうじゃないとしても、アンタ達がここを通る理由にはならない。用があるなら俺が聞こう。言付けなら後で俺からアイツに話しておいてもいい。通せない理由がどうという以前に、通りたい理由を話すべきじゃないか?」
  殺人貴は、そのスタンスを崩すことは無かった。
「どうしても、通さないと?」
「ああ、そうだ。アイツが望みでもしない限り、ね」
「話していても埒が明かないな。殺人貴。お前だってわかっているんだろう? どうして俺たちがわざわざ、こんな僻地までやってきたかぐらいは」
 士郎の両手がわずかに光り、その手に陰陽の双剣が投影される。大陸風のその刀剣は、銘を『干将獏耶』という。
 涼しげな殺人貴の口元から、溜息が漏れた。
 本当に気が進まない、というように肩を竦め、
「出来ればすぐに立ち去ってもらいたいんだけど……」
 手のひらでナイフを一回転させ、握り直す。
「ここで引く気は無いみたいだな」
「ええ、もちろん。ここまで来て、手ぶらで帰るわけには行かないわ」
  バックステップで、士郎の後ろに下がる。
  気持ちは冷たく固まっていた。この男は魔王となるモノの護衛。私たちは全身全霊をかけて倒さなければならない。
  右腕に魔力を通し、魔力回路を最大出力で運用する。
 「―――|Anfang.《セット》」
 低く呟き、眼前の敵を見据える。
 士郎が一歩、前に出て、半身に双剣を構えた。その顔には、薄い笑みが張り付いている。
「さぁ、第二ラウンドと行こうか。殺人貴」
「やれやれ。この先は一方通行、後戻りは出来ない……いや」
 こうして、方向性の違う二つの意思は衝突する。私に出来るのは、後方支援と、この結末を見届けることくらいのものだろう。
「言っても無駄か」
 砕けた天蓋から覗く満月は、明る過ぎるほどの照明を私たちに投げかけている。


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