「クレーエさん! 外套を忘れてます!」
 大きなグラスの嵌めこまれた、古いオーク材の扉を開けると、カラスの濡れ羽のように真っ黒なコートを手にしたリオが、小間使いの少年のように駆け出した。
「あ……もうこんなに暗くなってる」
 続いて外に出たフレデリカは、天蓋照明の明度の低さに驚き、中央管理棟の大時計を見上げた。巨大な短針は、午後六時を過ぎた位置にある。都市の照明が落ちるまで、もう一時間もない。
 連絡もせずに遅くなったら、父さんに叱られてしまう。ただでさえ喧嘩した後で気まずい中、門限を破ったとなれば、尚更きまりが悪い。このままリオを引き摺って帰りたいくらいだが――。
 視線を街路に向けたフレデリカは、石畳の端に蹲っているクレーエを見て、がっくりと肩を落とす。
「もう! ぐでんぐでんに酔っぱらっちゃって。情けないわね……!」
 苛立ったフレデリカは、あまりのもどかしさに地団駄を踏んだ。フレデリカとしては、一緒に歩くのも恥ずかしいし、いっそこのまま置いていっても構わないのだが、リオが「うん」とは言わないだろう。
「うぅ、忌々しい……!」
「や、やはりこうなりましたか」
 会計を済ませたモレクが、店から出て来るなり目を覆った。
「モレクさん。何とかしてください」
「わ、私も、無理はしないよう言ったんですがね……」
不機嫌そうなフレデリカを宥める様に、モレクが人の良い笑みを浮かべる。
「旦那も、自分が下戸だってことは知ってるはずなんですけどね」
 『下戸』という言葉に、フレデリカがぴくりと反応した。
「下戸って、お酒が呑めない、ってことですよね? 本当なんですか? その割には、酔っ払って街を歩いてるのを何度か見かけましたけど」
「あ、ああ。それですか」
 フレデリカの指摘に、モレクは歯切れの悪い調子で言葉を濁し、
「あ、あれは私のミスなんです。クレーエさんには、情報収集をお願いしていたんですがね。まさか下戸だとは知らず……。呑めないなら呑めないで、い、言ってくれたら良かったんですけど」
「情報収集とお酒って、何か関係あるんですか?」
「さ、酒場は、外来の商人が集まりますから。情報を集めるには、都合が良いんですよ」
 額の汗を拭きながら、モレクは、クレーエが情報を集めるため、酒場に通いつめていたこと。肝心な話を引きだす前に、すぐに酔い潰れてしまうので、ほとんど使い物にならなかったことを話した。
「すぐに失敗だったと気づきましたよ。役割を変えようと提案したんですが、クレーエさんは『これは俺の仕事だから』と」
「けど、お酒は好きなんですよね? 小屋には、たくさんの酒瓶がありましたし」
「今日が例外なんだと思いますよ」
 モレクは苦笑交じりに首を振って、
「旦那は、あの小屋に人を招いて、いろいろと手を回していたようです。ほ、本当に他人に聞かれたくない話は、酒場ではしないものです。誰が聞いているか解りませんからね」
口ひげを撫でながら、細い目を更に目を細めた。
 ふぅん、とさして興味も無さそうに声を出して、フレデリカは品定めをするように、クレーエを見た。ふらふらと頼りない足取りで歩く姿は、とても都市から都市へと渡り歩いて来た旅人とは思えない。
「……あんなのでやっていけるなら、外の世界っていうのも案外、大したことないのかもしれないわね」
「な、何か言いましたか?」
「いえ、独り言です」
 リオはふらつくクレーエを支えて、何やらぎゃーぎゃーと騒いでいる。マグノーリエに頼めば、力を貸してくれるだろうに。要領が悪いと言うか、何と言うか。
「……本当、バカなんだから」
「リオ君は、随分とクレーエさんに懐いているんですねぇ」
 頭痛を堪える様に頭を押さえるフレデリカの隣で、感心した様子でモレクが呟いた。
「リオ君の年齢くらいの子には、クレーエさんは決して取っつき易い部類では無いと思うんですが。……あ。な、懐いている、という表現は失礼でしたね」
「別にいいですよ。リオって犬っぽいですし」
「お二人の間に、何かあったんですか?」
 興味深そうな顔を向けるモレクに、フレデリカは「まぁいろいろと」と曖昧に話を濁した。都市の外で夜盗に襲われた所を助けて貰った、なんて話、おいそれと話す訳にはいかない。都市はルールを破った者に対しては厳しいのだ。
 それに――。
 あれは、フレデリカが無理を言って、リオを連れ出したことで起きた問題だ。リオは夜盗たちを審問出来なかったことに酷く落ち込み、怪しげな浮浪者に懐いてしまった。フレデリカだって、責任を感じている。
 最後にジブリールが店から出てきたのを確認して、フレデリカも悪戦苦闘するリオの元へと向かう。リオはクレーエは石壁にもたれさせ、ようやく落ち着いた所らしかった。
「あ。クレーエさん。外套に穴が空いてますよ」
 綺麗に畳んだ外套を差し出したリオが、肩の辺りに空いたコイン大の穴に気づいて言った。胡乱な目をしたクレーエは、気怠そうに外套を見下ろし、
「ああ。それか……。奴にやられたんだろう」
さして興味もなさそうに呟いた。リオは首を傾げ、
「奴?」
「レオパルトって言ったか」
 クレーエは醒めた目で相手の名前を呟くと、リオの手から外套を受け取り、目の前に広げて見せた。良く見れば、黒い外套には、ところどころ切れ目が入れられ、透けている部分がある。
 それら全てがナイフで切り裂かれたものだと気付き、フレデリカは目を見開いた。これだけ斬りつけられて、よく無傷でいられたものだ。
「〈狂骨〉レオパルト……。オスカーさんの用心棒のことですね」
「ん? 知ってたのか」
「昨日、オスカーさんを審問した時に遭いました」
 リオが低い声で言って、表情を曇らせる。
 クレーエは外套を羽織ると、「ふん」と小さく鼻を鳴らし、雑な手つきでリオの髪をわしわしと掻き回した。
「ク、クレーエさん!? なにするんですか!」
「奴は例外だ。気にしても仕方がない」
投げやりな口調で言って、クレーエは外套から煙草を取り出し口に咥える。
「え? 気付いていたんですか?」
 目を丸くするリオに、クレーエは唇の端を吊り上げるようにして笑って、
「名前を聞いた時に、気になってはいたんだ。ああいうのが居るってのは、長い間旅をしてると、自然と耳に入ってくる」
「クレーエさん……」
「まぁ、覚えておくといい。世の中には、ああいうのも居るんだってな。都市の中に居たって、情報を集めることは出来る。よく観察することだ。本を読むことだけが勉強じゃないからな」
 目を細めて紫煙を吐き出すクレーエに、リオは下を向いてしまった。フレデリカの位置からは、俯いたリオの表情は、よく見えない。
(何かあったのかな?)
 気になったフレデリカは、そっと後ろからリオの顔を覗き見ようとして、
「そうだ!」
何事か思いついたように声を張り上げたリオに、、びくりと身体をすくませた。
「どうしたの? フレデリカ」
「いえ、別に」
 泣いてるのかと思ったなんて、とてもじゃないけど言えない。リオは、居ても立っても居られない、というようにクレーエの外套を掴み、
「クレーエさん、よろしければその外套、僕が繕いましょうか?」
「お前が?」
 思わぬ申し出に、クレーエが眉根を寄せる。
「そんなことはしなくてもいい。また繕いに出せばいいだけの話だ」
「どうぞ遠慮せずに。裁縫とか得意なんです。取りあえず、僕の家まで来て貰えますか。そんなに遠くありませんから」
「おい! だから別にいいと」
 クレーエが声を大きくすると、リオが片手を突き出し、言葉を制した。驚くクレーエに、リオはにこりと笑って、
「是非、いらして下さい。ジブリールさんと、大事な話があるんですよね」
 声のトーンを落として言う。クレーエは、ことあを詰まらせ、気まずそうに視線を逸らした。昨日、ジブリールと約束していた話し合いの機会は、未だもたれてはいない。クレーエ自身、話しを聞く必要性は感じているようだが、その表情は複雑だ。
「ジブリールさんは、今日もぜひ僕の家に。もう遅いですし」
「まぁ! ありがとうございます。助かりますわ」
少し後ろをとぼとぼと歩いていたジブリールが、大げさに驚いた顔をして、可愛らしく顔の前で両手を合わせる。もしリオが声をかけなかったら、どうするつもりだったのだろう。……まぁ、教会(うち)もあるし、野宿なんてさせないけれど。
「……チッ。悪いが、そうさせてもらうか。明日明後日にはこの都市を出て行くんだ。話が出来る機会は、これが最後かもしれないしな」
 クレーエはがしがしと乱暴に頭を掻くと、濁った瞳で後ろを歩くジブリールを見下ろした。
「ちょうど良い機会だ。化けの皮を剥いでやる」
「ふふふ。上等です。せいぜい首を洗って待ってなさい」
 唇の端を吊り上げ、仇に挑むように言うクレーエに、意味深な笑みを浮かべたジブリールが微かに肩を揺らす。およそただの話し合いで終わりそうも無い二人の雰囲気に、フレデリカとモレクは揃って顔を見合わせた。ただ一人、リオだけが楽しげに笑っている。
「そうと決まったら、行きましょう。モレクさん、今日は御馳走様でした」
 頭を下げたリオに、フレデリカも倣う。モレクは心配そうな顔で、クレーエとジブリール、次にフレデリカを見たが、最後に笑顔を向けるリオと目が合うと、「どういたしまして」と、ほんの少し、困ったような顔で小さく笑った。


 ガラスの天蓋に映る空は、緩やかなグラデーションを描いて、ゆっくりと明度を落としていく。
 モレクと別れた四人は一路、第五階層にあるリオの家を目指して石段を昇っていた。フレデリカが小走りに、先頭を歩くリオの隣に並ぶ。
「ねぇ、リオ。私もリオの家に行っていい?」
「いいけど……。フレデリカ、今日も僕の家に泊まる気?」
「……ダメ?」
「ダメ。お父さんと顔を合わすのが気まずいからって、何日も家を空けるのは良くないよ」
「っ!」
 思惑を見透かしたような言葉に、顔がカッと熱くなる。
「な、何よ。解った様なこと言わないで!」
 何とかそれだけ言い返して、くるりと背を向ける。
(どうして考えていることが解ったんだろう?)
 動揺を押し殺し、ぎゅっとエプロンドレスの裾を握り締めると、すぐ後ろでリオが嘆息するのが分かった。
「……まったく、お父さんとのことになると、君は途端に子供っぽくなるよね。どうしてかな」
「うるさい! もういい。リオになんてもう頼まない」
 足早に歩き去ろうとすると、歩調を早めたリオが隣に並ぶ。じっと降り積もる気まずい沈黙。幾らかもしないうちに、「しょうがないな」と呟くリオの声が聞こえた。
「わかったよ。それなら、今日は倉庫(ドッグ)に行こう。あそこなら裁縫道具もあるし。僕たちが一緒なら、フレデリカだってハイゼ神父と話し易いでしょ」
 ぴくり、とフレデリカの肩が震える。首だけを微かに動かし、窺うように、
「……いいの?」
「うん。父さんには、昨日のお礼に、フレデリカがご飯をご馳走してくれるから、って言っておく。昨日の今日だし、父さんも良いって言ってくれると思う。それに」
 リオは少し言いにくそうに、顔を逸らして、
「それに、昨日は約束していた作業が出来なかったから。どこかで時間作れたら、って思ってたんだ」
「リオ……」
 気付けば、目の前のだぶついたカソックを掴んでいた。ぼそりと呟くように、
「ありがと」
「――っ! う、うん」
 リオは顔を真っ赤に染めて、
「そ、その代り、ハイゼ神父と仲直りするんだよっ?」
「わかってる。……ねぇ、今晩はリオの好きなものを作ってあげよっか」
「ええ!? い、いいよ」
「遠慮しないで言ってよ。何がいい?」
「……えっと、その。シ、シチューとか?」
「ふふふ、そんな簡単なので良いの?」
 予想通りの答えに、フレデリカはくすくすと肩を揺らして笑って
――ぴたり、と凍りついたように立ち止まった。
 さぁ、と顔から血の気が引いていく。
 へらへらと笑うリオの背後に見える、ヤニヤと笑う二人の大人。
「へぇ、これは珍しいものを見させて貰ったな」
「うふふふふ。珍しく意見が合いますね。クレーエ。これはなかなか貴重なシーンですよ。思わず頬が緩んで戻らないくらいに!」
意地悪な笑みを浮かべるクレーエと、興奮した様子で頬を抑えるジブリール。
「――なっ、ななな!?」
 青褪めた顔が一転、沸騰したように熱くなる。フレデリカは慌ててカソックから手を離し、
「というわけで、さっきのあの話はそういうことで!」
ぎくしゃくと歩き出す。
「え? そういうこと、って、なんの話だっけ?」
「いいわね!?」
「? う、うん」
一人すたすたと歩いて行くフレデリカに、何も解ってない様子のリオが目をぱちくりさせる。
 後ろで噴き出すような音が聞こえると、フレデリカは顔を真っ赤にして彫像のように立ち尽くし、リオは辺りを見渡し、心底不思議そうに首を傾げた。

 第一階層を抜けた頃には、都市は更に明度を落とし、建物のあちこちに色濃い影が落ちるようになった。長い階段の下には、華やかに色づく繁華街。酒場のある通りは、天蓋の照明が落ちても夜闇の中に沈むことは無い。密集した酒場の灯りが、通りを昼のような明るさで照らし出すからだ。
 未だ見たことのない繁華街の夜の顔を思い浮かべながら、フレデリカは群青色の天蓋を見上げた。分厚い強化ガラスの向こうには、都市を覆い尽くす〈巨大な榛の木〉(アールキング)の、大振りというにはあまりにも大きな枝影が見える。巨大な榛の木に抱かれるように眠る〈森林都市〉ヴェストリクヴェレ。分厚い幹の向こうには、〈鉱山都市〉オスティナトゥーアがある。
フレデリカの記憶にあるオスティナトゥーアは、まだ〈巨大な榛の木〉(アールキング)の幹を貫く隧道が通っていた頃。審問官であるハイゼに連れられ、都市の教会を訪れた時の姿だった。
 そういえば、あの時の神父様は元気だろうか。優しそうな、お爺さん神父。確か、フレデリカと同じ年くらいの孫娘が居たはずだけど――。
 記憶の海に微かに差した陰影を追いかけていると、向かいの通りに並ぶ街灯が、バチリと音を立てて瞬き、フレデリカは思考の海から顔を上げた。視線を移し、思わず立ち止る。
 通りの向こうの街路灯――不吉に瞬く水銀の青白い灯りの下に、この辺りでは見ない風貌の少女が立っていた。褐色の肌に、濡れたような美しい黒髪。東洋的(オリエンタル)な風貌。年の頃は十歳ほどだろうか。どこか遠い国のお人形さん≠フような顔をしている。
 周りの照明の関係だろうか。瞳は、ルビーのように真っ赤な紅色に染まって見えた。じじ、と音を立てて瞬く水銀灯の明りが、瞳の奥に、怪しく、しかし理知的な光を浮き上がらせる。
 思わず足を止めて、呼吸さえも忘れて見入ってしまう。見る者の心を掴むような、魔的な魅力――。
 そして何より……フレデリカの視線を縫い止めて離さないのは、
「……っ!」 
少女がこちらに向ける視線の、厳しさ。
紅の瞳に映るのは、激しく荒れ狂う、マグマ溜まりの様に粘着質な、深い怒りの感情。薄い唇の下から除く白い歯は、砕けんばかりに噛み締められ、握り締めた拳は、ぶるぶると震えている。
 気圧されたように一歩、後ろに下がる。
 そんな激しい怒りの感情を向けられたのは、産まれて初めてだった。何より、それを向けているのが、自分より年下の少女だということが、ただただ信じられなかった。
 フレデリカは目を見開いたまま、息を殺し、恐れ慄き身を固くすることしか出来ない。ただならぬ様子に気付いたクレーエが、いぶかしげにフレデリカを見下ろす。すぐにフレデリカの視線を追って、通りの向こうへと顔を向け――。
「リオ君! リオ・テオドール・アルトマン君!」
 背後から響いた大きく張りのある声に、すぐさま視線を坂の下に転じた。石畳の敷かれた緩やかな坂道を、ひょろりと背の高い男が駆けてくる。
「郵便局員さんだわ」
 男が肩から提げているショルダーバッグを見て、フレデリカが呟いた。いきなり後ろから声をかけられたため、驚いて振り返ってしまったのだ。急いで再び通りの向こうへと視線を移すも、そこに少女の姿は無く、水銀灯の灯りがぼんやりと石畳に光を投げかけているだけだった。歩き行く通行人の姿さえも見当たらない。
「誰か居たのか?」
 そっと近づいたクレーエが、強張った声で囁いた。フレデリカは小さく首を振り、
「気のせいだったみたい」
青褪めた顔で囁くように言う。クレーエは、再度通りの向こうへと視線を移した。今だ酔いの醒めぬ意識に鞭を打って、辺りに注意を払う。しかし、そこに何らかの異常を確認することは出来ない。
「……そうか。わかった」
 クレーエはそっと懐のリボルバーから手を離した。
「ふう、ひぃ……、良かった。間に会って。おうちに行っても誰も居ないものだから」
 坂道を駆け上がってきた郵便局員は、肩で息をしながら四人の前に立つと、心から安堵に相好を崩した。どうやら、リオを探してあちこち歩き回っていたらしい。
「父宛てに、何か届きましたか?」
「いいや、君宛てにだ。リオ君。特別便だよ」
 郵便局員の男は肩で息をしながら、使い込まれた大きな黒革のショルダーバッグを漁り、中から一通の白い封筒を取り出す。
「その押印は」
 封蝋に型押しされた、剣と天秤が描かれた押印を見て、ジブリールが固い声で囁く。気付いた郵便局員は、美しい容姿を持つジブリールに気付くと、「解るのかい? お嬢さん」と上擦った声を張り上げて、照れたように笑った。
「これは、管理教会本部(アパテイア)の紋章だよ。しかも特別便となると、滅多に出るものじゃない。これは急いで届けないと、ってね」
「管理教会本部(アパテイア)から、僕に?」
 戸惑った様子のリオが、受け取った封筒をまじまじと見つめる。一目で高級と解る細かな細工の施された封筒を開けて、中に納められている便箋を取り出す。読み進めて行くうちに、リオの顔が驚きと困惑に歪んでいくのが解った。
「ちょっと、何て書いてあるの?」
 フレデリカが横から便箋を覗きこもうとすると、リオはくしゃりとそれを丸めた。フレデリカの顔が驚きに固まる。
「……えっと」
 思わず出た行動だったのだろう。リオもまた、驚いた顔でフレデリカを見つめ、「やっぱり、父さん宛てだったみたい」取りつくろう様な笑顔を浮かべると、封筒を紙片ごとカソックの中に押し込んだ。
 郵便局員に礼を言ってリオが歩きだすと、フレデリカとクレーエも黙ってそれに続く。じっと息をひそめるように纏わりつく重たい沈黙。長い坂道が終わると、ジブリールがリオの隣に並び、いつもの笑顔で、
「ところで、リオさん。私たちはどこへ向かっているんですか?」
 リオさんの家は、こっちじゃないですよね? と続けると、リオが「あ」と小さく声を上げて、口元を抑えた。
「ゴメンなさい。お話ししていませんでしたね……。今夜は、ジブリールさんには教会に――フレデリカの家に、泊まって貰おうと思っているんです」
「フレデリカさんの家に?」
「はい。巡礼者であるジブリールさんには、やはりこの都市の教会審問官である、ハイゼ神父に会って貰った方が良いと思いますし」
「さっき、倉庫(ドッグ)に行くと言っていたが、それは教会と関係あるのか?」
 二人の会話の間に入って、クレーエが尋ねる。リオは青い瞳を動かし、「そうですねぇ」と何やら考え込んでいたが、
「それは、ついてからのお楽しみということで」
口元に手を当て、片目を瞑ると、悪戯を企む子供のように、小さく微笑んで見せた。



(>∀<)ノぉねがいします!



<前へ   表紙へ   トップへ   次へ>