■火天A 「おお――ハイゼ神父。何と言う事だ」 銃剣を手に屹立する警備兵たちの中から現れたのは、ヴェステリクヴェレ警備兵長コニー・アッヘンバッハだった。ふらふらと祭壇に近づき、ぎょろりと大きな目で横たわる神父の遺体と、十字架に垂れ下がった荒縄を見上げる。 「テロリストの制圧に神父の力をお借りしようと参じてみれば……。これはいったいどういうことか」 コニーの顔は強張り、その腕は細かく震えている。説明を請う視線に、リオは何かを思案するように目を瞑り、 「お話します。僕たちがここで目にしたことを」 「――つまり神父を殺害したのは、あの『大禍』だと言うのかね?」 頷き返すと、コニーの顔がサッと青褪めた。 「ということは、み、見たのかね。神父が『大禍』に襲われているところを」 ぎょろりと大きな目を落ち着くなく動かす。それは慌てふためくトカゲのようだった。 リオはゆるゆると首を振り、 「いえ。僕が来た時には神父は既に。けれど、フレデリカが言ってたんです。神父が『大禍』を名乗る人物から呼び出されて行くのを見た、と」 「フレデリカくんが? しかし、私はそんなことは一言も……」 コニーが何事かを呟き、親指の爪を噛む。背後に部下たちが居ることも忘れ、動揺を露わにするコニーの表情の変化を、リオは注意深く見守った。 (――大丈夫。まだ気付かれていない) 声に出さずに呟く。 コニーは四十絡みの小男で、警備兵長に就任してからまだ半年と日の浅い、市民とあまり馴染みのない人物だった。文民からの警備兵起用には不満を抱くものも多く、部下からの人望はお世辞にも厚いとは言えなかった。 (きっとこの人は気付かない。僕の吐いた嘘に) 自分に言い聞かせるように言って、リオはきつく拳を握りしめた。 リオはコニーへの説明の中に、二つの嘘を混ぜた。 一つは、ハイゼが亡くなった理由。あくまでも『大禍』に殺害されたものとし、意図的に自殺の可能性を除外した。 もしここでリオが「神父は自ら命を絶った」と言えば、その情報は瞬く間に都市中に広がるだろう。そうなってしまえば、後から「実は自殺ではなかった」ことが判明しても時既に遅し。人々は管理教会《アパティア》が不都合な真実を隠すために嘘を吐いていると考えるだろう。これはハイゼとフレデリカ、そして管理教会へ配慮した結果だった。 事実がはっきりとしない現段階においては、迂闊な発言を控えるべきだ。『聖職者が自ら命を絶つ』ことは、敬虔な信徒の多いこの都市にとって、いわば『禁忌』。それに、リオは『審問官』なのだ。語る言葉が持つ影響力は、他の少年少女たちの比ではない。 「神父が自殺したことにすれば、市民は審問官に対する不信とテロリストに対する恐怖を抱くことだろう。……考えられない筋書きではない」 少なくとも神父が自ら命を絶ったというよりはずっと信憑性がある、と続けて、コニーは背後に控える警備兵たちを横目に窺った。 屹立した警備兵の中に異論を唱える者は居ない。コニーは安心したように強張った身体から力を抜くと、「しかし」と掠れた声で囁き、細い指で自身のくすんだブロンドを梳いた。 「どうやってテロリストたちは神父を殺害したのだ? 審問官である神父を」 「テロリストたち?」 違和感のある言い回しに、クレーエが反応を示した。コニーの爬虫類を思わせる黒く濁った瞳がぎょりろと動き、クレーエの仏頂面を映す。 「何かね? 浮浪者くん」 敵愾心も顕に睨みつけられ、クレーエがぐっと言葉を飲み込む。背後に並ぶ警備兵たちが微かに身構えた。コニーに限らず、小さないざこざを幾つも起こしてきたクレーエに対する警備兵たちの覚えは良くない。 「あの、『テロリストたち』って、侵入者は一人じゃないんですか?」 代わりにリオが、クレーエの言葉を引き取って尋ねる。 コニーは眉こそ顰めたものの、渋々といった様子で口を開いた。 「無論だ。たった一人の侵入者に手を焼くほどヴェステリクヴェレ警備兵団は府抜けていない。現時点において正確な数字は解っていないが、侵入したテロリストの数は少なくとも百を超えるだろう」 「ひゃく!? そんなに?」 クレーエたちとの話から、侵入者は堕天審問官一人であると思い込んでいたリオは、思わぬ言葉に耳を疑った。コニーが忌々しげに顔をしかめる。 「すでに外縁部はテロリストたちの制圧下にある。迷いの無い動きで次々と都市の主要施設に火をつけていることから、組織だった者たちの犯行だと推測されるが、所属や目的は解っていない。鎮圧に差し向けた警備兵たちは後手後手に回るばかり……。ハイゼ神父ならばあるいは、と思ったのだが」 言って、コニーは横たわるハイゼの遺体を一瞥した。それ以上は語るまでもない。 「それに、一つ気がかりがある。部下の兵士の中に、テロリストたちの中に天使の姿を見たという者が居るのだが――」 コニーは小さく嘆息すると、ゆるゆると首を振って、 「その者の言う事には、その天使はどういう訳か、真っ黒に染まった翼を持っていたそうだ」 クレーエとジブリールの二人が顔を見合わせるのが、リオの位置からも解った。 (本当だったんだ) リオもまた、心の中で呟く。そしてようやく、権威主義者であるコニ―が自ら教会に足を運んだ理由が解った。 彼は怖気づいたのだ。 審問法廷を展開している審問官に危害を加えようとすれば、天使は即刻、容赦ない罰を執行する。コニーはそれを恐れ、戦いを避け敗走を選んだ。 「お前たち、何をこそこそと……ん?」 視線を交わし合うクレーエとジブリールに、コニ―が声を荒げて詰め寄る。ふと、見目麗しいジブリールに気付き、大きな目を見張った。 「……リオくん。このお嬢さんは何者だね? 見覚えのない顔だが」 「あ。この人は、その」 ぎょろりと睨みつけられ、思わず言葉に詰まる。コニーのことだ。宿泊先を求めて教会に訪ねて来たと正直に話せば、ジブリールの事件への関与を疑い出すかもしれない。 「申し遅れました」 上手い言い回しは無いものかと思案していると、ジブリールが口を開いた。 「私は巡礼の旅をしております、ジブリールと申します」 貞淑な修道女の所作でしずしずと頭を下げる。そっと顔を上げ微笑みかけると、緊張した面持ちの警備兵たちの空気が微かに和んだ。 「先ほどの警報を聞いて、この教会へ避難して参りました。まさかこんな恐ろしいことになっているなんて……」 細い声で言って、悲しげに目を伏せる。 こういう時に彼女が見せる仕草は天才的だ。警備兵たちの顔に浮かぶのは同情の色ばかり。疑いの目を向ける者は居ない。 「ということは、神父が殺害されたと思われる時刻、君は教会に居なかった訳だな」 ……ただ一人、コニ―・アッヘンバッハを除いては。 「はい」 ジブリールが胸に手を当て答える。コニーは明後日の方向へ顔を向けると、じっと目を細めた。 (リオさん) そっと囁く声に顔を向けると、ジブリールの静かな翆緑色の瞳と目が合った。口裏を合わせろと言うことだろう。リオも頷きを返す。 「巡礼の旅と言いましたな。お仲間の方はどちらに?」 「共の者は居りません。私は一人で旅をしておりますので」 「一人で? それはそれは!」 コニーの細面が微かな嗜虐に歪む。 何を考えているのかは、リオにも解った。 篭型都市は、表門以外の場所から中に入ることが出来ないように設計されている。事実、これまでヴェステリクヴェレが不法侵入を許したケースは一つとして無い。しかし、そこに来ての今回の騒動――それも百人規模の侵入者があったとなれば、コニーは真っ先に考えたはずだ。 『都市内に、テロリストたちを手引きした者が居るのではないか?』 若い女性一人で巡礼の旅など、そうある話ではない。コニーが疑いを持つのは無理からぬことに思えた。 「アッヘンバッハ警備兵長。彼女をお疑いですか?」 リオは先手を打つことにした。 「ふむ。疑わしくはあるな」 コニーが尤もらしい顔で頷く。そこではっと気づくと、審問官であるリオの顔色を窺うように、 「もちろん、現段階ではあくまで可能性があるという程度だが」 「そうですね。内通者が居る可能性もあります。疑われるのも無理はない」 賛同を求めるコニーに同意を示す。コニーの肩から力が抜けた。その隙に、すかさず言葉を差し込む。 「しかし、どうやらそれは杞憂に終わりそうです」 「……なに?」 くすんだ髪を撫でつけていたコニーの手がぴたりと止まった。 「彼女が侵入者の仲間だなんて、そんなことあるはずがありません。だって僕は今日一日、彼女たちと行動を共にしていたんですから」 そこに居るクレーエさんと一緒にね、と続ける。コニ―が何かを言い返そうと口を開くのに先んじて、 「彼らの無実は、審問官の名に懸けて僕が保証します」 畳みかけると、コニーは顔を紅潮させ、目を逸らした。それまでクレーエにだけ向いていた敵愾心が、リオとジブリールに向けられるのがはっきりと解った。 リオは表情には出さずに苦笑した。 (ジブリールさんみたいにはいかないな) 相手に先んじて話を勧め、会話の主導権を握るジブリールの手法を真似たつもりだったが、リオはコニ―に敵意を持たせてしまった。これでは失敗だ。 「いいだろう。君がそう言うならそういうことにしようじゃないか。何より時間がない」 もっと難癖をつけてくるかと思ったが、コニーはあっさりと自分の主張を退けた。 「これより、第三階層の緊急避難経路を使って、都市の外に脱出する。彼らを連れていけ」 コニーが片手を上げると同時に警備兵たちが動き、リオたちを円周上に取り囲んだ。警備兵たちの手の中で、槍と篭手が擦れ合う金属音が響く。 「……どういうことですか? コニー警備兵長」 戸惑うリオに、コニーは振り返り、 「実は君たちを見つけ次第保護するよう、フレデリカくんに頼まれていてね。部外者も一緒に連れて行くのは気が進まないが、そうも言っていられない。君たちには我々と一緒に避難してもらう」 「フレデリカ? フレデリカに会ったんですか!?」 予想もしなかった名前に、思わず声が大きくなる。コニーはリオの反応が意外だったのか、僅かに目をしばたき、 「ああ。先ほどそこの街路で会ったが」 「様子はどうでしたか?」 「ん? そうだな。元気が無いようだった。ハイゼ神父はどこに居られるかと尋ねたら、教会に居るはずだ、と。随分と急いでいるようだったな」 その言葉を聞いた瞬間、くらり、と眩暈がして視界が白く染まった。 (フレデリカが言ったって? 「ハイゼ神父は教会に居る」と?) 目元を押させて黙り込んだリオに、コニーは怪訝な顔をしたが、不意に何かに思い至ったように目を見開き、 「おお、そうか。彼女はまだ神父の死を知らないのだな」 嘆くように言って、額を抑えた。 全く見当違いのことを言っているのに、全てを知ったような声が酷く気に障った。 「……テロリストが侵入しているのに、一人で行かせたんですか」 自分でも驚くくらい、棘のある声が出た。責められるとは思っていなかったのだろう。コニーは目を白黒させて、 「いや、私もそう思って一緒に来るよう言ったのだがね。何やら神父から急ぎの用を言いつけられたというから、止めるわけにも行かずだな」 しどろもどろに弁解じみた言葉を並べる。部下たちの視線に気づくと、わざとらしく長椅子をに拳を叩きつけ、 「とにかく! 今は時間が無い。神父が居ない以上、ここで手間取っている訳にはいかないのだ。君たちには我々の指示に従ってもらう」 「でも、フレデリカが」 言いつのろうとするリオの腕を、クレーエが掴んだ。素早く引き寄せられ、 (逆らっても面倒だ。ここはこいつらの言う通りにしておけ) 「……う」 冷静な声に、沸騰しかけていた頭が幾分かの冷静さを取り戻す。 部下たちの視線がある手前、コニーはこれ以上主張を曲げはしないだろう。ここで警備兵たちと争うのは上手くない。 一緒に逃げるといっても、拘束される訳では無いのだ。逃げようと思えば逃げる機会はいくらでもある。それに、コニ―たちと一緒に居れば、先に逃げたフレデリカの行く先が解るかもしれない――。 思わず、噛み締めた口元に力が入る。ギリ、と歯が擦れる音が脳髄に響いて、はっとした。 (どうしたんだ。僕は。どうしてこんなに熱くなっているんだ) いつもと調子が違うことに戸惑いつつも、リオは努めて冷静になろうと首を振り、 「そうだ。言い忘れていたが。君の家がある第四階層が侵入者たちの襲撃にあったと部下から報告があった」 醒めた声コニーの声に、頭から血の気が一気に引いていく。頭から冷水を浴びせられたようだった。 「真っ先に火の手が上がったことから考えるに、市長である君の父上が狙われたのだろう」 「父さんは……! それに、エレナも」 「無事だ。市長は既に中央管理塔に避難しているし、君の家の家政婦も別のルートから避難させた。市長は今頃、中央管理塔でテロリストの鎮圧と早期消火の指揮に当たっておられることだろう」 「……良かった」 そっと安堵の息を吐くと、コニーの顔に引き攣るような笑みが浮かんだ。リオが慌てる姿を見て、いくらかの溜飲を下ろしたようだ。「無事に逃げた」ことよりも「家が襲われた」ことを先に話した所に、コニーの悪意が見える。 「多くの家が襲われ、住民が焼け出された。死者の数も少なくないだろう。今や被害は、都市全体に広がろうとしている。我々も急いで非難しなければな」 コニーが号令を発し、警備兵たちが移動を始める。その背中に、 「あの。避難するって、テロリストたちはどうするんですか?」 ジブリールの美しくよく通る声が警備兵たちの歩みを止めた。振り返ったコニーの顔が怒りに歪む。それでも声は平静を取り繕って、 「お嬢さん。今は市民を無事に避難させることが最優先なのだよ。今はいったん退却し、体制を立て直すのが最善の方策だ。我々としても、都市をテロリストの好きにさせるのは悔しいが」 「果たしてそうでしょうか」 大げさな仕草で語るコニーを、ジブリールの冷ややかな翆緑色の瞳が見詰め返す。 「中央管理塔がテロリストに制圧されれば、都市の奪還は難しくなります。外の隔壁の操作は中央管理塔で行っているんですよね?」 「それは、そうだが」 隔壁の制御系統が敵の手に渡れば、都市の奪還は難しくなる。防衛力の高さが仇になる形だ。 「それに、前線ではまだ戦っている警備兵の方々がいらっしゃるのでは? 彼らを見捨てるのですか?」 「み、見捨てるのではない。一度体勢を立て直すのだ。前線の警備兵たちにも、状況を見極め撤退するよう指示してある」 「……バカが。現場の指揮官が真っ先に逃げてどうする」 クレーエがリオにしか聞こえない声量で呟くと、 「何か言ったか、浮浪者!」 顔を真っ赤にしたコニーが烈火のような反応を示した。この距離では、クレーエが何といって言ったかは解らなかっただろうが、それでも何らかの不平を述べたことは察したようだ。 「ふん。別に何も言ってねぇよ」 クレーエとジブリールの二人から冷ややかな視線を向けられ、コニーが細かくこめかみを引き攣らせる。不意にニヤリと笑い、 「ところで。どうして外縁部に住み着いた浮浪者が、第三階層に居るんだ? ここで何をしていた?」 さも今思い出したと言わんばかりに、低い声で尋ねた。 「アッヘンバッハ警備兵長。彼の無実は僕が」 「ん? なんだ。随分と必死に庇い立てするんだなぁ、リオ審問官」 コニーの悪意の矛先が、リオへと照準を合わせる。身構えるリオに、コニーは口元に嗜虐的な笑みを浮かべ、 「私は思い違いをしていたようだ。審問官だからと容疑から外していたが、君がテロリストたちの共犯だという可能性もあったのだな」 「いったい何を……」 「テロリストの中には、審問官らしき影があったという。荒唐無稽な話でもないだろう。そう考えれば、あらゆる辻褄が合う。テロリストたちが容易に都市内へと侵入できたのも、ハイゼ神父が殺害されたのも。全ては審問官の特権を活かせば可能」 「アッヘンバッハ警備兵長」 低く押し殺した声が、冷たい夜の空気を震わせる。 凍りついたように静まり返る聖堂。 気づけば、喉から自分の声とは思えない暗い声が出ていた。 「いい加減にしてください。それ以上は僕も聞き流せません」 告げる声に反応するように、マグノーリエがうっすらと顕現する。突然現れた天使の姿に、成り行きを見守っていた警備兵たちが一斉にざわめいた。 「ふふっ、これは失礼。確かに言い過ぎた」 コニーが、口元に悪意を貼り付けたまま笑う。 「しかし、私の疑問も無理からぬものとは思うのだがな。リオ・テオドール・アルトマン。今の君の状況を見れば、誰だって疑いを持つというものだ」 「どういう意味ですか」 マグノーリエの実体化を解き、押し殺した声で尋ねるリオに、コニーは薄く唇の端を吊り上げた。 「そもそもの話し。君は審問官だというのに、こんな所で何をしているのかね?」 リオの眼前に、真っ白な手袋を嵌めた指を突きつけた。 「こんな所で油を売っている時間があったら、君も審問官としてテロリストの鎮圧に向かうべきではないのかね? アンドレアス神父は既に前線に出たと聞いているぞ。同じ審問官として恥ずかしくないのかね。それでは都市の裏切り者と疑われても」 悪意を隠そうともしないコニーの襟元を、影のように近づいたクレーエが強引に引き寄せた。コニーの顔が笑みを浮かべたまま引き攣る。 「な、何をする」 「黙って聞いていれば、何だと? 鎮圧に協力? どうしてそんなことをリオがしなければならない」 顔を近づけ、低い声で問うクレーエに、警備兵たちが槍の穂先を一斉にクレーエへと突きつけた。クレーエはそれらを、牽制するように見回し、 「テロリストの鎮圧は、お前たち警備兵の仕事だろう。お前たちこそ、こんな所で何をしている?」 襟元を締め上げられ、コニ―が掠れた声で叫ぶ。 「市民の、避難誘導だ。市民の命を最優先するのが我々の」 「そんなことを聞いているんじゃない! 俺はどうして部隊長であるお前がこんな所に居るんだ、と聞いているんだ。現場指揮官なら前線に立つのが常識だろう!」 ぎりぎりと襟を締め上げられ、コニーが悲鳴のような声を上げる。 「そ、それが最善の方法だろう! 数百名からなるテロリストの集団だぞ。警備兵団の想定を超えている。それに! 指揮をしている男が、あの『大禍』だという噂もあるのだ。軍事国家も歯が立たなかった相手に、都市の警備兵団如きが敵うはずがないだろう!」 息を切らし叫んだコニーを見下ろし、クレーエが冷たく笑う。 「それが本音か。それで自分たちはとっとと尻尾を巻いて逃げて、尻拭いはこんな子供にさせようってのか」 「彼は審問官だ。審問官には市民を守る義務が」 「そんなものは無い!」 クレーエの雷鳴のような怒鳴り声が、冷たい夜の空気を震わせた。 「いつから審問官が兵士になった!? 審問官の仕事は、被告人の罪を裁量し、見合った罰を与えることだ。戦争をして人を殺すことではない!」 言い終わると同時に、コニーの身体が宙に浮かんだ。クレーエは怒りに瞳を燃え上がらせ、罵声を浴びせようと歪んだ顔を覗き込むように顔を近づける。途端、コニーの震える口から断末魔の如き凄まじい悲鳴が迸った。 「クレーエさん!?」 ただならぬ様子に、リオがクレーエの腕にしがみついた。いったい、何をしたのか――二人の間に割って、それを確かめ――思わず身体から力が抜ける。 クレーエはコニーに何の危害も加えていなかった。ただ、怒りに燃える瞳で吊り上げたコニーの顔を覗き込んでいるだけだった。 「ああああああ!!」 コニーの絶叫は止まらない。その顔は、まるで悪夢に捕えられたかのように醜く歪んでいる。 「どうせお前らは、全ての後始末を管理教会《アパティア》にさせようと考えていたんだろう」 地獄の底から響くようなクレーエの声。それは、聞く者の背筋を凍りつかせるような、深く暗鬱な粘性を持っている。 「お前たちの様な人間が居るから、世界は何も変わらない。自分の罪の償い方一つ考えようともせずに、何から何まで審問官任せ。勝手に争って、勝手に傷ついて、その全ての尻拭いを審問官たちに丸投げする。終いには、命を張って市民を守るのが審問官の義務だと? どうして、人を裁く力を与えられたという、ただそれだけのことで、あらゆるものを犠牲に捧げろと強要されなければならない。そんなものは、ただの呪いだ!」 「クレーエ! それ以上は」 細い腕が割って入って、クレーエはようやく掴んでいた襟元から力を抜いた。ジブリールは素早く二人の間に割り込むと、目を見開き震えるコニーを引きはがす。 「……なんだ。今の光景は。そんな。あれではまるで」 カーペットの上に座り込んだコニーの半開きの口から、細く震える声が漏れる。ジブリールが乱暴に頬を張ると、ようやく目の焦点が合った。 はっと我に返ったコニーは、びくりと身体をすくませて、 「つ、都合が悪くなれば、力で脅しか! 貴様も審問官も、テロリストと変わりな――ひっ」 言いかけるも、クレーエに睨みつけられ、慌てて口を噤む。「もういい」クレーエが乾いた声で言って、懐から取り出した煙草に火を点けた。 「リオ、こんな迷い言を聞く必要なんて無いぞ。都市が壊滅するならそれで結構。ダメなら別の都市へ移り住めばいい。それだけのことだ」 「……その、ありがとうございます」 何と返したらよいか迷い、リオは感謝の言葉を口にした。 「それと、ごめんなさい」 「ん?」 怪訝な顔をするクレーエに、小さく笑いかける。 最初にクレーエを止めに入ったのはリオなのに、また何もすることが出来なかった。 ――僕は審問官なのに。 これじゃダメなんだ。これじゃ何も……。 ぐっと口元を噛み締めると、髪に節くれだった指が触れた。 「気負うな。そんなんじゃ、いつか潰れちまうぞ」 言葉とは裏腹に余所余所しいクレーエの声。乱暴に髪を掻きまわされる。 (――そうだ。前にもこんなことがあった) 脳裏に浮かんだのは、大人の足にしがみついて泣く、小さな女の子。 ヘンリエッテ博士が倒れた七年前のあの日、審問官として仕事の要請を受けた父に、フレデリカは言った。 ――お父さんは私たちのお父さんでしょ? お仕事なんて行かないで、お母さんの傍に居て。 身を屈め、視線を合わせた神父が答える。「父さんの助けを待っている人が居るんだ」フレデリカはふるふると首を振る。 困り顔の神父。 身体を起こそうとした父の腕を、フレデリカの小さな手が掴み、声を張り上げる。 ――お母さんの方が大事でしょ!? 他の人なんかどうなったっていいじゃない! それが言い終わるかどうかの間で、乾いた音が響いた。神父の手が、フレデリカの頬を叩いたのだ。フレデリカのヘイゼルの大きな瞳に、大粒の涙が浮かぶ。 「神の家に住む娘が、そんなことを言うものではない。神の前では、人は誰しも平等なんだ」 強張った顔の神父が口を開く。フレデリカは目に大きな涙を湛えたまま、自分よりずっと大きな父を見据え、震える声で言った。 ――そんなの嘘よ。 何かを確信しているような声だった。 ――嘘を吐いちゃいけないって、お父さんが言ったんだよ。どうして嘘をつくの? そう言ううちに、フレデリカの目に大粒の涙が溢れ出した。 神父の顔が、苦しげに歪む。 見ている僕は、胃の辺りがぐっと押しつぶされるような痛みを感じた。 ――みんながお父さんを苛めてる! お父さんは神様じゃないのに。私たちのお父さんなのに! フレデリカはそう言って、わんわんと泣き出した。手の甲で何度も拭っても、涙は次々と溢れてくる。傍に寄って、「どこか痛いの?」と聞いても、フレデリカはいやいやをするあかりで、何も答えてはくれなかった。神父の背中に顕現したケントニスが、悲しげな目で二人を見下ろしていた。 “――聞いて。” はっきりと響いた声に肩の上を振り返ると、顕現したマグノーリエが静かにこちらを見下ろしていた。 「マグノーリエ……やっぱり君の声なのか」 呟くも、マグノーリエは静かに見つめ返すだけ。コニーを始めとした警備兵たちは、再び顕れたマグノーリエの姿に驚いたのだろう。動きを止めて、じっとリオを見つめている。 「声? マグノーリエの声が聞こえたのか?」 怪訝顔のクレーエに、はっきりと頷き返す。声は確かにマグノーリエのものだった。そっと肩に触れる柔らかな感触。 「何かを聞いて欲しい、と言っているようですね」 振り返ると、後ろに立ったジブリールの両手が、優しく肩の上に置かれていた。 「何を聞いて欲しいんでしょう?」 どこか楽しげな口調で言って、ジブリールが柔らかく目を細める。クレーエの顔が可笑しな形に歪んだ。 「なんだ? お前にも聞こえるのか?」 戸惑っているような、呆れているような、何とも言えない表情。周囲の警備兵たちも顔を見合わせている。 「何を言っている……。声だと? そんなものは聞こえないぞ!」 赤いカーペットの上に座り込んだままのコニーが、荒い息を吐き立ち上がった。微笑むジブリールに詰め寄り、 「適当なことを言って誤魔化そうとしても無駄だ! そうでないなら説明してみたまえ。どうして私たちには、その声とやらが聞こえない」 「さぁ? 貴方たちの心が穢れているからでは無いですか?」 首を傾げたジブリールが、にこりと笑う。コニーの顔が沸騰したように赤くなった。 「穢れているだと……!? さっきからお前らは、私を、私をバカにしおって!」 「お前は黙ってろ」 ジブリールへと掴みかかろうとしたコニーの襟首を、クレーエが掴んで引き倒す。コニーは肩越しにクレーエを見上げると、「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げて、長椅子の背にしがみついた。 「何を伝えたいの? マグノーリエ」 リオはマグノーリエと正面から視線を会わせ、顔を覗き込んだ。マグノーリエは何も言わず、悲しげな目でじっとリオを見つめるだけだ。 聞いて。 マグノーリエは、ただそれだけを繰り返していた。初めは、マグノーリエ自身に、リオへ伝えたいことがあるのだと思った。しかし、こうしてマグノーリエの悲しげな目を見ていると、それは間違いなのではないかという気がしてくる。 ――マグノーリエは僕に、何を聞いて欲しいんだろう。きちんと聞いて上げたい。 心の中で呟いた瞬間、不意に視界が縁から闇に侵食され、黒く染まった。闇が水面のように細かく震え、闇のスクリーンにしゃくり上げながら泣くフレデリカの姿が浮かび上がる。 『リオには私の気持ち、解らないよ!』 鋭く突き刺さる声に、胸の奥がずきりと痛む。 彼女がどうして泣きだしたのか、リオは理解出来なかった。こんなに長い間、傍に居たのに。彼女の悲しみに気付けなかった。 ――本当に? 闇の向こうから誰かが尋ねる。 ――本当は、気付こうとしなかっただけじゃないの? そうかもしれない。 あのフレデリカが、何の前触れもなく声を上げて泣き出すとは思えない。何か理由があったのだ。とても深い悲しみが――。 話がしたい。 話をして、彼女がいったい何に傷つき、何が悲しかったのかを聞きたい。どうして先に一人で避難してしまったのかも。 ――そうだ。 どうしてフレデリカは、何も言わずに先に行ってしまったのだろう。神父が亡くなっているのを見て、それがあまりにもショックで、頭の中がぐちゃぐちゃで、一人で心の整理をつけたかったから? ……そうじゃない。彼女は誰かに助けて欲しくて仕方が無かったはずだ。一人になんてなりたくなかったに違いない。フレデリカは本当は泣き虫なんだ。それは他でもない僕がよく知っている。 目の前の闇が再び揺らぎ、神父が最期に遺した手紙を抱きしめ、声を押し殺し泣くフレデリカの姿が浮かんだ。胃が押しつぶされたように鈍く痛んだ。同時に、 奇妙な違和感が、胸を過った。 ……。 気付けば、闇の中でマグノーリエが真っ直ぐにこちらを見つめていた。その視線がある一点に向けられていることに気付き、リオはカソックの中に手を伸ばす。中にあるのは、神父が遺した最期の手紙。 「愛しの娘、フレデリカへ」から始まる文面には、都市に襲いかかろうとしている脅威と、それから逃れるには、一刻も早くここを離れなければならないことが、繰り返し告げられていた。そして、最後にその脅威の正体が堕天審問官であることが、 「――え?」 再び奇妙な違和感が……今度は明確な実像を描いて、胸の裡に浮かび上がった。急いでその実像に手を伸ばす。指先が触れた。その瞬間、 ――聞いて。本当の声を。 木漏れ日のようなマグノーリエの声が、胸の奥底にまで届き、響き渡った。 「リオ! どうした。返事をしろ!」 ぐるりと眼球が反転したかのように、暗闇から一転。突如目の前に現れたのは、強張ったクレーエの顔だった。 強く肩をゆすられ、思わず目を丸くする。どうしてクレーエがこんなに慌てているのだろう、と思い、すぐに答えに思い至る。 考えてみれば、さっきの体験は少し――いや、かなり可笑しかった。その間、自分がどういう状態にあったのかは、クレーエの反応を見れば予想がつく。 「大丈夫なのか? おい」 ぺちぺちと頬を叩かれ、思わず苦笑いを浮かべた。「大丈夫です」と答えながら身体を離すと、黒いコートの向こうにジブリールとコニー、そして警備兵たちの姿が見えた。皆、固唾を飲んでリオに注目している。 顔を上げると、肩の上には薄らと顕現したマグノーリエ。真っ直ぐな視線に頷き返して、今一度クレーエに向き直った。 クレーエは未だ心配顔でリオを見下ろしている。……どうしてだろう。心は平静で、どこまでも見渡せるほどに澄んでいた。ぐるぐると渦巻いていた嵐のような感情が、すっかり鳴りを潜めて、どこかへと消えてしまっている。 いや。消えてしまったのではない。今や感情は凝縮され、胃の底で明確な形を持ち熱く疼いている。 「クレーエさん」 「なんだ」 呼びかけると、クレーエが身構える。リオは小さく息を吸って、 「クレーエさんたちは、警備兵の皆さんと都市の外へ逃げて下さい。僕は中央管理塔に向かいます」 ざわり、と警備兵たちがざわめいた。 「馬鹿を言うな!」 クレーエが強い怒りを孕んだ声で叫んだ。乱暴にリオの肩を掴み、 「審問官として責任を感じているのか? そんな必要ないと言っただろう。中央管理塔はこの騒動の中心になるんだぞ? お前が前線に立たなければならない理由など」 「クレーエさんも、今の僕と同じような立場を経験をしたことがあるんですね」 強く肩を掴んでいた手が、弾かれたように離れる。目を見張るクレーエに、リオは小さく笑いかけた。 「何となく、そう思ったんです」 「……ッ」 クレーエの顔に一瞬、影が差すように複雑な感情が浮かび、逃げるように背を向けた。 「……自殺行為だ。相手は堕天審問官だぞ?」 重たい物を吐き出すように言う。「それでも、行かないといけない理由が出来たんです」とリオが返すと、戸惑っているような間が空いた。 顔を寄せるマグノーリエに頷き返す。確かにこれでは言葉が足りない。背後から外套を掴むと、クレーエの背中が微かに震えた。 「クレーエさん。僕は都市の為に命を捧げようなんて、そんな殊勝なことは考えてません」 「……それなら、どうして命を危険に晒すような真似をする?」 「フレデリカが心配だからです」 迷いなく答えると、今度こそクレーエが戸惑うのが解った。 「フレデリカは、僕たちに何かを隠しています。僕たちを先に避難させて――自分は違うことをしようとしている。そんな気がするんです。だから僕は、中央管理塔へ行かないといけない」 一息に言って、取り囲む警備兵たちに視線を向けた。警備兵たちが気圧されたように仰け反る。 「全員じゃなくて構いません。一緒に来ていただける方はいませんか」 呼びかける声は、思ったよりも大きく聖堂内に響いた。水を打ったような静寂が重たく降りる。リオは一人一人に目を合わせ、 「中央管理塔の制御を明け渡してしまえば、今起こっている火災を止めることは難しくなります。例え、後から管理教会《アパティア》の応援が駆け付けて、この騒ぎが終息したとしても、一度焼けてしまった町は元には戻りません。特に東の森を失うことは、都市の存続にさえ影響するでしょう。僕一人では全ての侵入者を止めることは出来ません。力を貸して下さい」 警備兵たちのざわめきが広がり、大きくなる。 規則によると、都市が抱える警備兵団は、審問官から応援の要請があった場合、これに応じる義務があるとなっている。しかし、警備兵たちは遠巻きにリオを見るだけで、誰一人として応諾の意志を示すものは居ない。 如何にも不機嫌そうにクレーエが嘆息するのが解った。 「……好きにしろ。付き合いきれん」 加えていた煙草を揉み消すと、そのまま祭壇に背を向けて歩き出す。 「クレーエさん……」 同意を得られないのは解っていた。クレーエからしてみれば、リオの言うことは妄言に等しい。付き合いきれない言われても仕方がない。 そもそも、都市の人間では無いクレーエに、危険な真似に付き合って欲しいとは言えない。これは都市ヴェステリクヴェレの問題なのだ。 リオは頭を下げてクレーエを見送った。 ありがとうございます。それと、ごめんなさい。 声も無く囁く……と、クレーエの足が止まった。扉の前で立ち止ると、聖堂の扉を蹴り開き、 「おい、お前ら。どうせついていく行く気なんて無いんだろ? だったらさっさと出て行け。手遅れになるぞ」 扉を開け放ち、手を振って警備兵たちを追い払う仕草をする。 「クレーエさん!」 咎める声を、クレーエは鼻で笑った。 「無駄だ。リオ。お前には、こいつらの意志を曲げてまで死地に送り出す権利なんて無いんだよ。見てみろ。これだけ言ってもこの反応だ。どのみち戦場じゃ役に立たん。余計な死体が増えるだけだ」 嘲るように言って、冷たい瞳で警備兵たちを見渡す。 「ほら、逃げたいならさっさと尻尾を巻いて逃げ出せ。その代わり、ガタガタ騒ぐような真似はするなよ。耳障りだ」 警備兵たちの戸惑いの視線が、一斉にリオに集まった。 唇を噛んで、深く俯く。クレーエの言う通りだった。 「……そうですね。僕には貴方たちに、命を賭けろだなんて言う権利はありません」 「そうだ。『大禍』と戦うってのはお前の意志であって、こいつらのものじゃない。負け戦になる算段が大きいならなおさらだ。俺たちには説得することは出来ても、こいつらに死ねと命令することは出来ないんだよ」 醒めた目を細めて、 「さっさと行け。不愉快なんだよ」 威圧するように言うと、若い警備兵の一人が声を上げた。 「しかし、リオくん一人で行かせるわけには」 「なら、お前が一緒に行くか?」 クレーエの問いかけに、警備兵が悔しそうに俯いた。 「それは……」 聖堂内が重たい沈黙に包まれた。ガシガシと頭を掻くが響き、 「チッ……心配するな。一人では行かせねぇよ」 クレーエが、どこか投げやりな口調で言った。 「待て。それはどういう」 「こいつには俺がついていくって言ってんだよ。お前らみたいな役立たずが行くより百倍マシだろ? だからさっさと行け。避難誘導するんだろ?」 「どうしてそうなるんですか!?」 リオは思わず声を張り上げた。 「さっき、好きにしろ。付き合いきれん、って」 「言っても無駄だと判断しただけだ」 「だ、駄目です! クレーエさんを巻き込む訳には」 「いいや、好きにさせてもらうぜ。俺は都市の為に行こうってんじゃない。のこのこ戦場に出向いて行ったっていうフレデリカの馬鹿を連れ戻しに行くだけだ。それなら問題ないんだろ?」 「けど、そんなことが」 何か言い返そうと言葉を探すが出てこない。 それは、今しがた自分がクレーエに使った方便だった。フレデリカの為に行くと言う以上、リオにはクレーエを止める権利は無く、その方便を覆してしまえば、今度はリオが中央管理塔へ行く理由を失くしてしまう。 睨み合うような視線が交差する。どちらも二の句を継げないでいると、 「――ああ、嫌だ嫌だ」 どこか場違いな、大げさな声が沈黙を破った。 「まったく、薄ら寒くなりますね。それで恰好つけたつもりですか?」 肩をすくめたジブリールが、クレーエを見上げて冷たく笑う。クレーエの憮然とした顔が更に不機嫌そうなしかめっ面になった。 ジブリールは静かな足取りでリオの背後に立つと、 「けどせっかくですし、警備兵の皆さんにはお言葉に甘えて貰って、避難していただきましょうか。まぁ三人もいれば、何とかなるでしょう」 惚けた調子で言って、強張ったリオの肩に手を載せた。 「ジブリールさん!?」 「フレデリカさんにはお世話になりましたから。微力ながら私も協力しますわ」 先ほどよりも強く肩を掴んで、戸惑うリオを見下ろす。相対するクレーエは目を細め、 「いや、お前は残れ。足手まといだ」 「は!? 何を言ってるんですか。貴方の様なガサツな人間より、よっぽど私の方が役に立ちます!」 言い争いを始めた二人の間で、リオは忙しなく目を動かす。二人は本当に怒っていた。それが可笑しくて、思わず笑ってしまう。 「……ありがとうございます」 湧き上がる感情を抑え切れず、咄嗟に目元を抑えた。二人が一緒に来てくれると言うだけで、何と心強いことか。 「そ、そういう訳にはいかんぞ!」 コニーが場違いな怒声を響かせ、ジブリールに詰め寄った。 「お前たちがテロリストの仲間ではないという確証が無い以上、リオくんと一緒に行かせるわけには」 腕を取ろうとしたコニーの肩を、横から入ったクレーエが無造作に突く。すると、コニーの身体は前のめりにくるりと反転し、勝手に地面に叩きつけられた。 目を白黒させるコニーの額に、黒光りするリボルバーが押し付けられた。 「な……!」 「なんだ。まだ居たのか。お前」 感情の篭らない声でクレーエが囁く。目の前の銃口を睨みつけ、コニーが震える唇で叫んだ。 「銃を向けたな……! お前たち、この浮浪者を捕まえろ!」 コニーの命令に、しかし警備兵たちは動かない。やがて、一人また一人と聖堂を出て行く。 「お、お前たち、どうして」 コニーの顔から血の気が無くなり、ぎょろりと大きな瞳が忙しなく動き回った。 「し、審問の要求をする!」 裏返った声で叫ぶ。 「リオ審問官! この男を拘束しろ! こいつは私に暴力を」 「お断りします」 はっきりとした声に、コニーは驚いた顔でリオを見上げた。「どういうことだ」と言いつのろうとしたコニーの身体に、いつの間にか這い広がっていた緑の蔦が絡み付く。 「これは……いったい何の真似だ!? 審問官には、市民の審問要求に応じる義務が」 「コニー警備兵長」 這い回る蔦に拘束され、身動きの取れないコニーに、醒めた声が告げる。 「今はこんな些事に取り合っている場合じゃない。そのくらい解るでしょう。それとも、僕の方から正式に侵入者掃討の協力要請を出しましょうか? その場合、警備兵長である貴方に拒否権は無くなりますが」 聖書《レクリス》を広げたリオの背中に、天使マグノーリエが現れ真っ白な翼を広げる。 「逃げるなら、どうか速やかに」 リオは笑った。出来るだけ爽やかに。 「これ以上、僕を失望させないでください」 冷たく告げる声に、コニーが言葉を返せる筈が無かった。 |