ブリュンスタッド城から帰ってきた凛の元に一通の手紙が届いたのは、二週間前のことだった。 古めかしい書状に書かれていたのは、ドイツ語の流れるような書体。差出人の欄にはキシュア・ゼルレッチ・シュバインオークの署名があった。 思わず、手紙を開いた状態で固まる。 果たしてその手紙を読んでいいものかどうか、躊躇う。 何が書いているのかは見当も付かないが、手放しで喜べるような内容が書かれているとは、凛には到底思えなかった。 しかし、だからといって大師父からの手紙を無視するわけにもいかない。 ええい、ままよ! ここで迷っていても仕方がない……! 半ば自棄になったような声で気合を入れると、凛は素早く手紙に目を通した。 一枚の羊筆紙には、要約するとこんなことが書かれていた。 『聖杯探索には、真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッドと協力して行うこと』 先の闘いの傷を癒すため、一時的に休息が必要な真祖の姫と殺人貴に代わって諜報活動を行うように、とその書状には書かれていた。 「出来るだけ早く発つように、か」 大師父も事を急いているようだ。無駄に時間を費やす余裕が無いことが、その書面からは伺えた。 「諜報活動、って何すればいいのよ……」 凛は途方に暮れたように呟いた。しかし、これは凛にとっても決して悪い話ではない。 大師父の手紙には、凛たちが諜報活動に出る代わりに、アルトルージュ一派との戦闘においては、真祖の姫と殺人貴が前に出て、士郎と凛はサポートに回るように、という旨が書かれていた。 正直、アルトルージュ一派との直接的な衝突は避けたいところだった凛にとって、それは願っても無い申し出だった。 すぐに士郎へ連絡を取り、状況を説明する。意見はすぐに一致した。 こうして凛は、真祖の姫と協力して聖杯を探索することとなった。向こうがこちらをどう思っているかは凛も気になる所だったが、再会は想像していたよりも和やかに行われた。 「アルクェイドでいいわ。その代わり私も凛、士郎って呼ばせてもらうから」 和やかに始まった会合は、凛と士郎からの状況報告が主になった。この二週間に見てきたあらゆる出来事を、順を追って話していく。 襲われている町。 足りない死体。 魔眼使いの死徒たち。 メレム・ソロモンとの再会。 失踪した魔術師。 カレワラと呼ばれる口承詩と、“ヒーシ”というキーワード。 「……そう。メレムが」 一通り話し終えた頃、考え込むように口元にあてていた手を下ろして、真祖の姫が呟いた。 「俺も、彼がこんなところまで出張ってくるとは正直思わなかった。随分と慕われているようだな? 真祖」 不適な笑みを浮かべて、茶化すように士郎が言った。そうね、と真祖の姫はどこか冷たい声で応えた。 「メレムの真意はいまいちわからないけれど、協力してくれるのは助かるわ。……けど、こちらの情報は教会側に伝わっていると考えたほうが良いでしょうね。あまり不用意に接触するのも考え物だわ。埋葬機関の連中との直接的な衝突は避けたい所だし」 アルクェイド・ブリュンスタッドは冷静に、凛が見落としていた視点から、正確に現状を認識していく。 凛は思わず感心してしまう。目の前に居るこの女性は、人間よりも一つ高い位置から、世界を見渡しているのかもしれない。 「……しかし、アルトルージュの目的は本当に聖杯なのか?」 精巧な美術品の如き美貌を湛えたまま思索に耽る真祖の姫の隣で、それまで口を開かなかった殺人貴がぽつりと呟いた。 「そうねぇ……。実際、聖杯の真偽の程も、実際のところ怪しいのよね」 腕を伸ばし、大きく伸びをしながら、緊張感の欠けた声で真祖の姫が言った。……その鋭利さとの落差を目にするたび、凛は何とも言えない気分になる。 「そうは言うがな、真祖。メレム・ソロモンは聖杯が観測されたのと同時刻に、埋葬機関局長の持つ聖遺物に共鳴反応があったと言っていたぞ。こんなこと、これまでに前例があったとも思えない」 「ナルバレックの?……そう。あの聖槍に反応があったの……。それなら、間違いなくその聖杯は本物でしょうね」 息を呑むような一瞬の間を置いて、真祖の姫は微塵の躊躇いも無く、聖杯が本物であることを断定した。その力強さに、凛は思わず士郎と顔を見合わせた。 “聖槍”。 聖槍ロンギヌス。埋葬機関の長が代々受け継いでいるといわれる、最高位の聖遺物。 噂には聞いていたけれど、まさか本当に実在していたとは。 彼の有名と言うにはあまりにも有名すぎる聖人の死を確認したといわれるその槍は、滴る血を受けた杯と対を成す、キリスト教のシンボルとでも言うべき聖遺物である。同じ聖人の血を受けたのだから、一方の出現にもう一方が反応したとしても可笑しくはない。 「真祖。アルトルージュ・ブリュンスタッドが聖杯を求める理由に心当たりはないか?」 「アルクェイドでいいって言ったでしょう? 士郎。ま、呼びたくないなら別にいいけど」 “士郎”と正確に発音した真祖の姫に、士郎は一瞬、驚きに眉を上げた。士郎、というのは日本人以外には発音しづらい音だというのに、真祖の姫は涼しい顔で苦も無く発音してしまう。 「そうね・……。勢力争いは昔からこと欠かないから、戦力になる力が欲しい、っていうのが一番簡単な理由かしら。他の勢力に渡れば自分たちの脅威にもなりかねないわけだし、持っていて損は無いでしょう? とりわけ、トラフィムとは絶望的に仲が悪いから、殺せるものなら殺しておきたいと思ってるんじゃないかしら」 そこで一旦言葉を切って、アルクェイドは形の良い眉を顰めた。 「けど、実際のところはよくわからない、っていうのが正直な所ね。あの吸血姫が、勢力争いなんかに手を尽くすとは思えないんだけれど……。実際、私に刺客を向けた理由も判然としないし……」 独白するように、真祖の姫は何やらぶつぶつと呟いている。そんな彼女の姿に、凛は憂鬱げに頭を抱えた。 「……スケールの大きな話ね」 次々と出てくるビックネームに、現実感がついていかない。 これに比べると、昨日までに闘った死徒が脅威とも呼べない小物に思えてくるから不思議だ。もちろん、凛の認識がパワーインフレを起こしているだけなのだが。 アルクェイドは今の話に加えて、アルトルージュ一派が擁する聖遺物の少なさを理由に挙げた。魔術教会や聖堂教会といった勢力に比べて、彼女たちが持つ聖遺物は絶対的に少ないと言う。 「でしょうね。規模が違いすぎるもの」 アルトルージュ・ブリュンスタッドの配下には、超が付くビックネームが名前を連ねてはいるが、組織自体の規模は決して大きいとはいえない。 数の論理で言えば、圧倒的に有利なのは人間サイド。更に言えば、聖遺物は大部分を聖堂教会が占有しているのが現状である。 「そもそも、あの魔犬を従えている時点で、彼女は大抵の望みを叶えるだけの力を持っているはずなのよ。どうして今更、聖杯なんて捜しているのかしら……? もっとも、能力は未だに不安定みたいだから、それをどうにかしたいっていうはあるかもしれないけれど」 「その話は聞いたことがある。――なるほど。能力の安定化、か。少し動機が現実味を帯びてきたな」 感心したように、士郎が頷く。この部屋に入ったときに放っていた威圧感は既に消えている。あっけらかんと何でも話す真祖の姫に、吸血鬼嫌いの士郎も毒気を抜かれてしまったようだ。 「失踪したという協会の魔術師との関わりについても、今のところは判断材料が少な過ぎる。とりあえず、その“ヒーシ”とやらを捜しに行くのが先決だろうな」 「質問」 ぴっ、と姿勢良く手を挙げて、殺人貴が口を開いた。 「ええ、どうぞ」 凛は殺人貴のその場違いな仕草が可笑しくて、つい小さく笑ってしまった。 元々童顔なためか、一つ間違うと、授業を受けている学生のように見えてしまう。目元の眼帯や服装は異常さの塊でしかないのだが、その他があまりにも平凡すぎた。 「カレワラとかいう神話があるのはわかった。だけど、そのヒーシっていうのは何なんだ? 具体的に何かわからないと、捜しようがないだろ?」 殺人貴の言葉に、凛は小さく唸る。 「うーん……。それがいまいち確証が得られないのよね」 昨晩メレムと別れた後、凛と士郎は開館前の図書館に忍び込み、カレワラに関する資料の捜索に当たった。もちろん、刑法に触れる立派な犯罪だが、指名手配中の士郎を連れて調べ者をする為には止むを得ない。 凛一人で調べても良かったのだが、何分、時間が押している。そう悠長にも構えていられない。 二人は、夜明けまで手当たり次第に文献を読み漁った。主だった本は何冊か持ち出しもした。 ……しかし、収穫はあまり芳しいものとは言えなかった。 古フィンランドの宗教に関する文書はあまり残されていない上、神々の名前や崇拝の仕方については、その土地土地で微妙に違っていた。そのため、“カレワラ”に関する信頼性の高い資料はなかなか集めることが出来なかったのだ。 “ヒーシ”という言葉も、場所や時代によって意味は何度も変遷しており、現段階で安易に正確な意味をこれ、と定義するのは危険なことに思えた。 「現在は、“人に悪さをする存在”という意味で使われることが多いみたいだけど、古くは“人の近寄れない森”、“恐ろしい場所”っていう意味もあったみたいね」 「恐ろしい場所、か。どうとでも解釈できるわね」 真祖の姫の言う通りだ。意味が広すぎて、これでは何から調べて良いかも判らない。 「なに、何処に行けば良いかはわかってるんだ。向こうに着けばはっきりするさ」 話を纏めるように、士郎が言った。殺人貴もそれに頷く。 ――こうして手をこまねいているのは、アルトルージュとて同じこと。彼女達がまだ聖杯を手に入れていないことは、恐らく、間違いない。私たちは、アルトルージュが辿り着く前に聖杯を手に入れる。それだけだ。 凛は静かに闘志を燃やした。 「で、そのケミって町までは、どうやって移動する?」 殺人貴が、眼帯の巻かれた顔を凛へと向けた。 「飛行機か、電車か、船か。自動車は遠慮したい所ね。……結構距離があるし」 ヘルシンキまでの道中を思い出し、凛は顔を青ざめさせた。 同じ姿勢で座りっぱなし、というのは思った以上に体に負担をかけてしまう。関節も固まって動きも鈍くなるし、良いことがない。言っておくが、決して歳のせいなどではない。 「飛行機は上手くないだろう。今朝のように死徒に襲われても、対処が難しい」 「それもそうね……」 これ以上、犠牲を出すことは避けたい。どうしたものか、と凛が唸ると、アルクェイドがぱん、と手を叩いて表情を輝かせた。 「あ、そうだ! 船で行くのが一番いいんじゃない? 知ってる? 死者は流水を渡れないのよ。クルージングはしたことなかったし、楽しそうじゃない。ね?」 さも名案、とばかりに殺人貴に同意を求める。 「馬鹿を言え、真祖。確かに外からは干渉されにくいだろうが、乗客が 冷めた口調で、士郎が言った。 「むー、馬鹿とは何よ。私にそんなこと言っていいのは志貴だけなんだからね! ――ねー、志貴!」 むくれたように士郎を睨みつけ頬を膨らませたかと思うと、がば、と満面の笑みで殺人貴に抱きつく。 緊張感の欠けた真祖の姫の様子に、士郎はやれやれ、と呆れたように肩をすくめた。 「となると、電車が無難か」 寄りかかってくるアルクェイドを無視して、殺人貴が呟いた。服装や能力に似合わず、その語り口は驚くほど穏やかだ。 凛は、昨夜メレム・ソロモンが言っていた言葉を思い出していた。 『そうそう。千年城で君たちが戦っているところ、少し見せてもらったけど、殺人貴があの程度の実力だと思ったら大間違いだよ』 別れ際、少年の姿をした怪物はそう言って、不適な笑みを浮かべた。 『殺人貴は人間を殺さない。よっぽどの悪人か運が悪いヤツじゃなけりゃね。そうやって生きていられるのは、君たちが人間だからだってことを、しっかりと理解しておいがほうがいい』 『……なに?』 少年の言葉に、ぴくり、と士郎が鋭く反応した。 『もっとも、次戦うときはどうなるかわからないけれどね。せいぜい、気をつけることだ。死神は、君達のすぐ隣に居るよ』 『……ふん。随分殺人貴を高く買っているようだな。メレム。だが、君のお気に入りを独占しているのは、他ならぬ殺人貴だぞ?』 士郎のその言葉で、メレムの顔から笑みが消失した。 『僕の愛を、そんな下賎な尺度で測って欲しくないね。エミヤ』 僅かに殺気さえ伴って、メレムは一瞬、炎の様な瞳で士郎を睨み付けた。しかしそれも一瞬。柔らかく口調を一転させると、 『彼女が苦しむ姿を見るのは僕の本意じゃない。悔しいけれど、殺人貴はお姫様が堕ちるのを食い止めることの出来る唯一の存在なんだからね。邪険には出来ないさ。――そういう意味では、彼は今も世界を救い続けている英雄なのかもしれない』 口元に酷薄な笑みを貼り付け、 『所詮贋作でしかない君とは違う、本物のね』 メレムは嗤った。 『……』 士郎がどんな表情をしているかは、凛の場所からは見えなかった。ただ、彼の背中がやけに小さく見えたのだけは、よく覚えている。 「それじゃ、何時に出発しましょうか? ――志貴。確かあなた時刻表持ってたわよね?」 明るい声で、真祖の姫が言った。 「ああ、ちょっと待ってくれ。――そうだな……。十時に寝台が出てる」 黒衣の隙間から時刻表を取り出した殺人貴が、冊子に目を通しながら呟いた。……あれ、ポケットなんだ。 「まさか、それで見えているのか……?」 愕然とした声で、士郎が呟く。その声に、殺人貴は幾重にも眼帯の巻かれた顔をこちらに向けると、小さく首を傾げた。 万全を期して、私たちはそれに挑んだ。 数々の伝説に謡われるその奇跡をこの目にするため。不可能を超越して深淵へと至るため。 それは純粋な好奇心。 それは知的探究心。 あるいは呪物崇拝。 あるいは物神崇拝。 はたまた性的倒錯? 性的嗜好と言っていいかもしれない。 ”フェチズム”。 それが、この衝動を表現するに一番相応しい語彙であろう。 数々の聖遺物を修繕し、修復し、運用してきたこの私だが、それでもまだ足りない。一度も満ち足りたことなどない。求めるのは唯一無二の輝かしい奇跡。聖杯こそ、悲願にして宿願。これに勝る神秘は世界中捜しても見つかるまい。 ――興奮と恍惚の中、私は今、その時を迎える。 「長かったぞ。この苦悩は永遠に思えた。だが、遂に来たぞ。この時が。私は、根源に至る!」 巨大な杯から、強大にして膨大な魔力が溢れ、眩い澄んだ光が私たちを白く染めていく。 儀式は成功を修め、魔術機関は予測を遥かに上回る数値で運用を始める。 共に聖杯を求めて集った三人の魔術師は、陶酔に顔を歪ませる。きっと、私も同じ顔をしているのだろう。 全てが上手く行っていた。そして、この先も、きっと―――。 成功と栄転を確信した、その瞬間、 ぴしり、 陶器の割れるような音が、膨大な光と魔力で満たされた空間を切り裂いた。 「――!」 横で詠唱を続けていた魔術師が、何事かを大声で叫んだ。しかし、光はその言葉さえも呑み込んで、無限に膨張していく。 消えていく。何もかも、白い光に飲み込まれて。 「あ――、なんて、神々しい」 それは、やがて私の意識さえも――。 気がつけば、荒れ果てた荒野に一人、呆然と私は佇んでいた。 「……ここが、」 持てる限りの財力と秘法をつぎ込んで作った祭壇も、共に英知を目指した同志たちの姿も、そこには無かった。ただただ荒れ果てた荒野だけが、地平線の彼方まで続いている。 「ここが、世界の果て」 込み上げてくる歓喜に、心を震わす。 「は、ははは」 終に至った。私は、世界の果てに――! 「戯け。根源がこんな穏やかな場所なわけが無かろう」 背後から聞こえた声に振り返る。 「アレは遥か深淵に逆巻き、あらゆる苦痛と歓喜を内包した混沌の渦」 リン、と鈴の転がるような声が荒野に響く。 「荷が重すぎたな。魔術師。この惨状の責任、貴様はどうとってくれる?」 辿り着いた世界の果てには、新月の如き一人の少女と、白く眩い巨大な獣が立っていた。 流れる車窓から緑豊かな森を眺めながら、凛は物憂げに思索に耽っていた。 一定のリズムで揺れる車両。 人気のまばらなシートはどれも年季が入っており、所々錆びてくすんでいる。いかにも田舎の鉄道といった趣きだ。 開け放たれた窓から流れてくる心地よい空気と、柔らかに差し込む日の光に目を細める。 ヘルシンキから目的地であるラップランド、ケミまでは鉄道で約八時間。 本来ならば寝台特急に乗りたいところだが、夜移動すると 目の前には腕を組み、頭を垂れた士郎が目を瞑って座っている。 随分前から微動だにしていない。眠っているのか、それとも起きているのかは凛には計りかねた。 斜め向かいにある四人掛けのボックス席に視線を移す。 そこには、アルクェイド・ブリュンスタッドと殺人貴が向かい合うように座っていた。 「わぁー。志貴! ねぇ、見て見て! 綺麗な駅ねー!」 一際甲高い声が上がり、窓から上体を乗り出した真祖の姫が叫んだ。 「ちょ……! バカ、止めろって! 危ないだろ」 今にも落ちてしまいそうなほど上体を乗り出している真祖の姫の肩を掴んで、殺人貴が声を荒げる。 「えー? いいじゃなーい。私なら平気よ。……あ、ほらほら! あれ、お弁当売ってる!」 「……。お熱いことで」 ヘルシンキとラップランドを結ぶ鉄道、インターシティに乗り込んで四時間。乗車した時から飽きることなく、真祖の姫は楽しそうにはしゃいでいる。 「ん? 羨ましいのか? 遠坂」 顔を上げると、士郎がにやにやと笑いながら私を見ていた。 「そうね。私たちも少しいちゃついて見る?新婚旅行気分で」 ふふん。こちらも不適な笑みを返す。 その瞬間、斜め向かいのボックス席から叫び声が上がった。 「ああ、もう! 少しは黙ってろよ、この馬鹿おんなー!」 「あ、キレた」 席から身を乗り出し、真祖の姫の座っている席を覗き見る。立ち上がり激昂する殺人貴と、耳を塞いで舌を出している真祖の姫の姿が目に入る。 「何をやってるんだ、あいつらは……」 呆れたように、士郎が呟いた。 「――ん? あら、暇そうね、凛」 私たちの視線に気付いた真祖の姫が、近寄ってくる。凛の前まで来ると、にこり、と太陽の様な笑顔で微笑みかけてきた。 「少し私とお話しない? 志貴ってば、全然相手してくれないから暇してたの」 「え、ええ。構わないけれど……」 そう開けっぴろげな笑みを浮かべられては、無下に断ることも出来ない。 凛の返事に、真祖の姫は満足げに頷くと、向かいに座る士郎を見下ろし、 「というわけだから、エミヤ。私と席を代わって頂戴」 「……そう来たか。ああ。どうぞ好きにしてくれ」 自棄っぱちに呟いて士郎が立ち上がる。じと目で真祖の姫に一瞥をくれると、ずんずんと殺人貴の座っているボックス席へと歩いていった。 「……」 座席に着くと、士郎は無言で腰を下ろす。目の前に座る殺人貴を見もしない。 「……」 殺人貴もまた、何も喋ろうとしなかった。 そのまま二人して腕を組み、目をつぶってしまう。まぁ、殺人貴は眼帯をしているから、目を瞑っているかはわからないのだが。 「あれ。あの二人、随分と仲が悪いみたいね」 少し驚いたような顔で、アルクェイドが囁いた。 「ええ。……無理は無いと思うけど」 凛は思わず苦笑する。つい先日まで殺しあっていた相手を前にしているのだ。険悪になるのも当然のことのように思える。 「志貴って、滅多に他人を拒絶したりしないんだけど。よっぽど気が合わないのね」 「……」 殺人貴ではなく、凛たちに無防備な表情を向けてくるアルクェイドが可笑しいのでは? とは流石の凛も言えなかった。 「けど、本当に仲がいいのね」 「ん? 私と志貴のこと? まあねー。ずっと一緒に居るんだもの。当たり前でしょう?」 当然といった様子で、惚気るようにアルクェイドが言った。 一緒に居るから仲がいい、というのは理由としてはどうなのだろう? いつも一緒に居るからこそ、仲が悪くなることもあるのではないだろうか。凛は思った。 いや、むしろ仲がいいから長い間一緒に居られるのか。ああ、それなら納得できるかもしれない。 「そういうあなたたちも仲が良さそうに見えるわよ。ねぇねぇ、あなたたち、付き合ってるの?」 「……!」 にやにやと下世話な笑みを浮かべて、アルクェイドが言った。 「随分と世俗的な趣向を持ってるのね。私、あなたの認識を改めないといけないみたい」 ひくひくと頬を引き攣らせながら、凛は不機嫌そうに応える。しかし、アルクェイドは気にした風も無い。 「どんな風に思っていたかは想像が付くけど。今の私は大体こんな感じよ。……それで、どうなのよ? 教えてよー」 猫の様な好奇心に満ちた瞳を向け、じりじりとにじり寄って来る。 「ねぇねぇ。凛ってばー。いいじゃない。減るもんじゃなしー」 「ああ、もう! わかったから、離れなさい!」 がーっ、と凛が吠える。ばたばたと手を振りながら、絡み付いてくるアルクェイドを押しやる。 「……わかってて言ってるでしょう。そんなんじゃないわよ。あなたたちとは違ってね!」 「あはは。ごめんごめん。凛ってばそういう所、固そうだから。からかってみたくなったの」 あっけらかんとした口調で、アルクェイドは笑った。 それは、なんだか憎めない笑顔で。 「恋人はいるの?」 「いないわよ。……士郎は妻帯者だけれど」 ぼそり、と呟くようにして凛が言った。アルクェイドは目を丸くする。 「え、結婚してるの? ……へー、とてもそうは見えないんだけど」 身を乗り出し、むー、と観察するような視線を士郎に向けている。 ――士郎のやつ、間違いなく聞き耳立ててるな。 凛は確信に近い予感を抱いた。 「……何やってんだか」 微かに見える背中が、いつもより強張っている。気になるなら、こっちに来て会話に参加すればいいのに。 「――ねぇ、アルクェイド。あなたたちって、どこで出会ったの?」 随分前から気になっていた疑問を口にする。どこかちぐはぐな彼女達の出会いを、詳しく聞いてみたくなったのだ。 「日本よ。三咲町ってところ」 「三咲町? 聞いたことの無い町ね。――それで、どうして彼はあなたの護衛に?」 凛が訪ねると、アルクェイドは難しい顔をして黙り込んでしまった。 「うーん。……そうねぇ。話せば長くなるんだけど……」 言葉を捜すように、視線を彷徨わせて、 「志貴に出会ったあの日、私はある死徒を追っていて……志貴はただの高校生だったわ」 アルクェイドは、殺人貴と出会った日のことを少しずつ語り出した。 「もー、ホント、可笑しいのよ。志貴ってば、初めて会った瞬間、いきなり私を殺しちゃって―――」。 石の躓き方も知らなかったお姫様と、普通の高校生でしかなかった少年が出会う、ある街で起こった、一つの物語を―――。 それは、例えようも無く破天荒で、出鱈目で。 可笑しくて、悲しくて、少しだけ寂しい―――そして、一途で穢れの無い、真白な物語だった。 なかがき。 第二部も中ほどに差し掛かりました。こんばんは。舶来です。 ちょっと長めの第二部ですが、一度、「なかがき」として構成の話しをしてみたいと思います。 さして重要な話じゃないので、お忙しい方は適当に読み飛ばしてください。 さて、第二部も中盤に差し掛かりました、まだまだ先は長いです。 何故一部に比べて二部はこんなに長くなってしまっているのか、と疑問に思った方もいるのではないでしょうか。 実は、この長さになってしまったのは構想段階で、 「ドラマで言うなら第一部が1クール。二部が2クールぐらいの長さで書こう!」 と計画性も無く適当に決めてしまったのが原因にあります。 尺だけ漠然と決めていたので、「死街」パートと「美術館」パートが急遽入ることになってしまったわけです。 本当は美術館のところを書いているとき、「屍鬼に占拠された暴走する夜行列車で士郎と凛が親玉となる死徒を狙撃する」鉄道パートを入れようと思っていたのですが、前二つのパート(特に死街)が不評なようでしたので、思い切って削ることにしました。 それと、「カレワラ」に関わる部分は判り辛くて申し訳ありません。 もっと設定を練り込んで行けば面白くなったのかなー、と反省しております。 このSSを読んでくださる方もおかげさまで増えまして、感想もたくさんいただけるようになりました。 ありがとうございます。本当に嬉しいです。 最近、更新スピードが異常に早くなっていますが、これから絶対に失速します。 間違いなく失速します。コーラを飲むとゲップが出るくらい確実です。 たまーに覗きに来てくださるのが良いかと思います。 と言うわけで、次はいよいよアルトルージュ一派との対決です。 最後までお付き合い頂けたら幸いです。 感想、ご意見、ご叱責など、常時お待ちしております。 下の欄にメールフォームを設置いたしました。どうかお気軽にメールしてください。 2007/11/22 舶来 第二部製作中。 |